規制線が張られたメンタルクリニックの入り口。その中で、白いてるてる坊主のような式神が慌ただしく動いていた。

 式神たちは自動でメンタルクリニック内の調査を行うのが仕事で、傀朧痕かいろうこんと呼ばれる想術そうじゅつを使った痕跡から、パソコン内部に残ったデータの分析まで幅広い業務を行っている。


「……やはりこうなってしまったか」


 カウンセラー兼精神傀朧医かいろうい国吉治樹くによしはるきの無残な遺体を見て、コートを肩に乗せた黒スーツの女性が呟く。


「なんで? 初めからこうするつもりだったんでしょ?」

抹殺・・はまだ早い。今回は、お前の心の治療を兼ねていたんだ。まさか、こんなに早く行動してくるとは思ってもいなかった……私の落ち度だな」

「お腹空いた」

「車の中に板チョコがある」

「食べる」


 女性はがちゃがちゃと音の鳴る左腕の義手を動かし、右手に持った煙草に火をつける。

 その隙に、盡はスタスタと規制線を越えて車に向かった。


「……やはり、一筋縄ではいかんか」


 女性はロビーの椅子に座ると、式神が運んできた捜査結果を見る。

 医者としての評判は業界随一。私生活に乱れもなく、これまでに精神疾患を寛解させた想術師の数は数百人を超える。

 それが、ここ数か月で五件もの完全犯罪を行った、想術犯罪者そうじゅつはんざいしゃになってしまった。

 手口はどれも単純だ。被害者を安心させ、完全催眠状態にした後、特殊な暗示をかけた薬を投与し、自然と死に向かうように偽装する。

 体に入った暗示は死と共に完璧に消え失せ、死体をどれだけ調べても自殺という結論にしかならない。

 通常の捜査や法では決して裁けない存在―――それが想術犯罪者だ。


「心の病を治療するうちに、自らも心の病に囚われてしまった、ということか……やはり人の心は難しいな」

「早く帰ろうよ」


 女性は式神が押収した証拠品の中で、一つ気になるものを見つけた。


「……小即興曲インベンションは奏でられた」


 名刺のような、小さなメッセージカードだった。それに、流れるようなフォントで文字が綴られている。


「後は帰ってから分析だな……」


 その時、不意に女性のスマホが鳴る。


七楽ならくだ。ああ……そうか。すぐに帰る」


 電話を切った七楽ならくは、ソファの上で寝ころんでいるつくしを呼ぶ。


「あとは式神に任せて帰るぞ。後任の教協師メンターが見つかったらしい」


 二ッと笑う七楽に、盡は首を傾げる。

 七楽は肩に乗せたコートを翻し、盡と現場を後にした。



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