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「ねえ
「しあわせ?」
「私はね、これまでずっと、君のような
彼は私のことを見つめているだけで、何も言わなかった。その視線が私の心に突き刺さる。
「人の幸せは、人それぞれ在り方が違う。私は人の幸せを考え続けてしまった結果、自分の幸せが見えなくなった」
「ん……わかんない」
私は彼の頭をそっと撫でた。
彼は一瞬体をびくつかせた後、すぐにリラックスして肩の力を抜く。
「おやすみ、盡くん」
彼は、ゆっくりと目を閉じて、私の膝に崩れ落ちた。
傀朧を使った精神干渉の術式―――この部屋に張り巡らせた
私はそのやり方で、何人もの報われない人たちを死に誘導してきた。
私はとうの昔に、医者である前に人間失格だ。
「君は、きっと天国にいくことができる」
私は
膝の上で寝息を立てる彼の表情は、とても穏やかだった。
私はポケットから小さな注射針を取り出し、彼の首筋に近づける。
――――――自殺の暗示。
体内に一切の痕跡を残さず、自分の意志で死を望むようになる薬だ。私が開発した。
この薬が効けば、彼は自然と自ら命を絶つように行動する。
私は改めて自分に言い聞かせる。この先彼の生きていく世界は地獄なのだと。苦痛を伴った生に、価値などないのだと。そう自分に言い聞かせる。いつも私が
「ごめん、ね……」
涙が、彼の頬に落ちる――――――。
「ねえ先生」
「……は?」
突如カッと目を見開いた神狩盡は、純粋無垢な瞳を刃のように突き立て、私を見る。
「人を〈好き〉になるって、どういうことか教えてよ」
「そんな……た、確かに暗示は効いたはず……」
驚いて椅子から転げ落ちた私を、彼の視線は逃がさない。
ポケットから真っ黒なスマホ―――画面のない漆黒の箱だ。それを取り出して、私に向ける。ちょうど、スマホのカメラで私を撮影するように。
――――――ぞくり。
漆黒の箱から、悍ましい視線を感じる。何なんだ。何が、私を覗いている? 何がこんなに恐ろしい?
『
黒い箱が、一転する――――――。
真っ白な光を放ち、神狩盡を包み込んでいく。
見たこともない高密度の傀朧。それが幾重にも折り重なった羽となり、彼の背に出現する。それらは一枚一枚が意志を持っているかのように脈動した。
「答えてよ。人を好きになるって、どういうことなの?」
――――――それはまるで、天使のよう。
光の輪が頭上に現れ、手に持っていた黒い箱は、いつの間にか黄金に輝く剣へと変わっていた。
見惚れる。吸い込まれそうだ。
この光を、この神々しさを私はずっと求めていた。
「……その人の、最も願っていることを、してあげたいと思う気持ちだよ」
私は無意識に、彼の質問に答えていた。
自分でも驚くほど素直に、心の底から。
「……そう。じゃあ先生はぼくのこと、好きじゃなかったんだね」
「!!!」
彼が告げたのは、真理だった。反論の余地などありはしない。
私は人のためではなく、
「君を……みんなを救いたかったんだ。たとえ人間ではなくなっても。悪魔になったとしても……!」
「ぼく、先生のこといい人だって……本当は話したくないこともたくさんあったけど、でも話してもいいって思った。なのに」
私を憐れむような、それでいて軽蔑するようなまなざしが向けられる。
「先生はぼくのこと、好きじゃなかった」
「やめろ……やめてくれ。私は……ッ!」
黄金の剣が、彼の右手に吸収される。
こんなに神々しく、濃厚な傀朧は見たことがない。
どんな術を使っているのか定かではないが、これだけはわかる――――――。
「どこにも、行って欲しくなかった。だから、おかあさんの言った通り、ぼくは
私に、天罰が下るのだと。
「〈好き〉だから、壊した。〈大好き〉だったから」
神狩盡は、右手を私に向けてかざした。
ああ。なんて神々しくて。理不尽で。そして――――――。
「私の求めていたもの……」
ぐっ。
彼が手のひらを握りしめた瞬間、見ていた光が暗転した。
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