2 光
2
「ねえ
「しあわせ?」
「私はね、これまでずっと、君のような
彼は私のことを見つめているだけで、何も言わなかった。その無垢な視線が私の心に突き刺さる。
「人の幸せは、人それぞれ在り方が違う。私は人の幸せを考え続けてしまった結果、自分の幸せが見えなくなった」
「ん……わかんない」
私は彼の頭をそっと撫でた。
彼は一瞬体をびくつかせた後、すぐにリラックスして肩の力を抜く。
「おやすみ、盡くん」
彼は、ゆっくりと目を閉じて、私の膝に崩れ落ちた。
傀朧を使った精神干渉の術式―――この部屋に張り巡らせた
私はそのやり方で、何人もの救えない人たちを死に誘導してきた。
私は医者である前に人間失格だ。心が壊れ、母親を殺してしまった盡くんのことを理解できる、などと言う資格はないが、私の心もとうに壊れていたのだ。
「君は、きっと天国にいくことができる」
私は
膝の上で寝息を立てる彼の表情は、とても穏やかだった。
私はポケットから小さな注射針を取り出し、彼の首筋に近づける。
――――――自殺の暗示。
体内に一切の痕跡を残さず、自分の意志で死を望むようになる薬だ。私が開発した。この薬が効けば、彼は自然と自ら命を絶つように行動する。
私は改めて自分に言い聞かせる。この先彼の生きていく世界は地獄なのだと。苦痛を伴った生に、価値などないのだと。そう自分に言い聞かせる。いつも
「ごめん、ね……」
涙が、彼の頬に落ちる――――――。
「ねえ、せんせい」
「……は?」
突如カッと目を見開いた神狩盡は、純粋無垢な視線を刃のように突き立て、私を注視する。その瞳の奥には、渦を巻いた真っ赤な殺意があった。
「人を〈好き〉になるって、どういうことか教えて」
「そんな……た、確かに暗示は効いたはず……」
驚いて椅子から転げ落ちた私を、彼の視線は逃がさない。血の海に吸い込まれるような感覚だった。まるで彼の瞳の中に、地獄があるようだ。
ポケットから真っ黒なスマホを取り出して、私に向ける。スマホのカメラで私を撮影するように。
――――――ぞくり。
漆黒の箱から、悍ましい視線を感じる。何なんだ。何が、私を覗いているのか。何がこんなに恐ろしいのかわからない。
『
黒い箱から声が発せられると、箱から真っ白な光が放たれ、
見たこともない高密度の
「答えてよ。人を好きになるって、どういうことなの?」
ああ――――――これが、神なのか。
光の輪が頭上に現れ、手に持っていた黒い箱は、いつの間にか黄金に輝く剣へと変わっていた。
見惚れる。吸い込まれそうだ。
この光を、この神々しさを、私はずっと求めていたのだ。
きっと、彼の母親も――――――。
「……その人の、最も願っていることを、してあげたいと思う気持ちだよ」
私は無意識に、彼の質問に答えていた。
自分でも驚くほど素直に、心の底から。
「……そう。じゃあせんせいはぼくのこと、好きじゃなかったんだね」
「!」
彼が告げたのは、まさに真理だった。反論の余地などありはしない。
私は人のためではなく、
偽善だった。本当はわかっていたのだ。でも、それでも私は――――――。
「君を……みんなを救いたかったんだ。たとえ人間失格でも、悪魔になったとしても……!」
「ぼく、せんせいのこといい人だって思ってた。本当は話したくないこともたくさんあったけど、話してもいいって思った。なのに」
私を憐れむような、それでいて軽蔑するようなまなざしが向けられる。
それは私にとって、神からの否定に等しい。懺悔した私を、神は否定したのだ。
「せんせいはぼくのこと、好きじゃなかった」
「やめろ……やめてくれ。私は……ッ!」
黄金の剣が、彼の右手に吸収される。
こんなに神々しく、濃厚な傀朧は見たことがない。
どんな術を使っているのか定かではないが、これだけはわかる――――――。
「おかあさんの言った通り、ぼくは
私に、天罰が下る。
「〈好き〉だから、壊した。〈好き〉だったから」
神狩盡は、右手を私に向けてかざした。
ああ。なんて神々しくて。理不尽で。そして――――――。
「私の……」
ぐっ。
彼が手のひらを握りしめた瞬間、見ていた光が暗転した。
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