8 反省する燈護



「燈護」

「む……」

「私は、賦殱御魂ふつみたまを見せろと言ったが、抹殺しろとは言ってないな? むしろ、抹殺は避けろと言ったな?」

「……見せろ、というのは清濁併せ吞むという意味だと解釈した。それに仕方がなかった。社員の命も、杜若かきつばたさんの命も危険にさらされていた」

「だからといって、本人の目の前であんなに派手に殺すとはどういうことだ……ァ?」


 愛生がビルの屋上から逃げ出したのち、燈護とうごは現場を収拾し、報告のためオフィスに戻っていた。その報告を聞いた七楽は、青筋を立てて燈護に説教している。

 人手が不足しているこの状況に、やってきた新人をむざむざと辞めさせるわけにはいかない。そのため、きちんと順序だてて説明しようと計画していたのだが――――――。


「無ゥ~理でしょ。堅物センパイには無理無理。死んで生き返らなきゃ無理」

「燈護。気持ちはわかるけどなァ。いつも言ってんだろ? 憎悪に飲まれんなって」


 帰った燈護に対し、満場一致で冷たい視線が注がれることになる。

 燈護は反省を促されてから一時間くらい、姿勢よく正座を続けている。七楽は疲れを微塵も見せずに正座し続ける姿に感服しつつ、しゅんとした顔をしているのを見て小さくため息を吐く。


「で、杜若さんは今どこに?」

「一時間前に市内の監視カメラに映っていて、そこからはちょっとわかんない」


 照太はがっかり項垂れてモニターの電源を落とし、背筋をぐっと伸ばす。


「これで辞めたらどう責任取るつもりだ? それに、お前もわかっているだろう。教協師メンターとて、橙朧人ダウナーになることもあるのだ。その可能性をお前は高めたんだぞ」

「課長マジ裏番長にしか見えん」

「怖ェ怖ェ」

「お前たち、うるさいぞちょっと」


 リオと灰狼は、何かに満足したように、ニヤリと笑って身を引いた。


「少しやりすぎたことは認める」

「少しィ?」


 七楽は燈護の膝をぐりぐりと足で押さえつける。そのたびに燈護の顔色が青くなっていく。


「足が、しびれてるんだね燈護さん……!」

「課長、たまに激ヤバイオレンス発揮するよね~」

「面白い言葉……」

「写真撮って今度ゆすってやろ~」


 リオは、ニヤニヤしながら燈護の写真を撮りまくる。


「も~みんな優しくしてあげようよ~……」


 騒がしい外野を見る余裕などない燈護は、七楽の顔をまっすぐ見て告げる。


「誤解を解き、謝罪する。必ずだ」

「はあ……ただでさえ、彼女をつくしに合わせるまでにステップがあるというのに……」

「まあそうだなァ。盡のやつがいきなりバサッと橙朧人ダウナーの首でも落としてみろ。嬢ちゃん倒れちまうぞ」

「そういえば、つくしはどこに行ったの?」


 七楽は頭を抱え、リビングのソファに勢いよく腰掛ける。


燈護バカ以上に激ヤバイオレンスしかねんつくしくんは、散歩中だ」

「散歩だとォ……嘘つけ」

「ぷぷぷ……使うの!? 課長だっさ~い!」

「いいなぁ。オレも遊びに行きたいよぉ」

「ダメだ。いてくれなきゃ困る」

「そ、それなら、仕方ないな……へへ」


 嬉しそうに照れた照太は、うきうきと流しで皿洗いを始める。


「……行ってこい。有言実行だ。不器用なりに謝ってみろ」

「……承知した」


 七楽はふらふらとソファに向かい、横になろうとした時、室内に警報音が鳴り響く。


「また、橙朧人ダウナー反応だ……えっと、場所出しますね。北区山沿いの廃倉庫です」

「仕方がない。私が出る」

「待って! ここに愛生さんの反応があります!」

「何だと!?」


 それを聞いた燈護は、真っ先にオフィスを飛び出した。


「待て燈護……!!」

「まっすぐなところが、燈護さんのいいところだよね」

「そういう問題ではない。単独行動は原則禁止だというのに」

「結界を破れる隠れルート、見つからないといいけど~」

「とにかく、杜若かきつばたさんが危険だ」


 七楽は賦殱御魂ふつみたまをパソコンに接続し、データを読み込む。これまでの捜査結果から、被害者の特徴と愛生の特徴が一致していることがわかっている。ならば、今回の橙朧人ダウナー反応は犯人のものである可能性が浮上する。


「照太。先ほどの現場に残っていた、僅かな傀朧痕かいろうこん。該当する人物はいたか?」

「いや……該当はないみたいです。想術師そうじゅつしが犯人じゃないのかも」

「あるいは、目覚めさせられた、とかね」


リオは低く呟き、オフィスを出ていく。


「とりあえず、現場に急ぐ」

「ああ。先に行くぜ七楽」


 七楽は映し出された地図上の愛生の反応を睨みつけ、オフィスを出た。



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