9 空虚な心
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☆ ☆ ☆ ☆ ☆
七年前。
燈護は地面を這いつくばり、必死に手を伸ばしていた。
動け。動け。動け。動け――――――!
心が、体が、焼けるように疼く――――――。
肉がちぎれようとも、骨が砕けようとも、必死になって手を伸ばした。
しかし、愛する者の首が身体から離れるのを見た時、燈護の心は音を立てて砕け散った。
「うあああああああああああああああっ!!!」
大切な家族、己の居場所、信念、何気ない日常。その全てが、一瞬にして奪われていくあの感覚――――――。
ソレは笑った。
口元を大きく歪ませて笑った。
そして、ゴミを捨てるように、愛する者の首を投げ捨てた。
「
憎しみが際限なく湧き上がる。大切な者を失うあの感覚が―――全身を奮い立たせる。青年を上からつまらなさそうに覗き込んだのは、
――――――嗤う。嗤う。嗤う。
雨。雷。醜悪な笑み。そして、残ったモノは己の弱さだけ。
いつまでも意識に焼き付いているのは、嘲笑と狂乱のオーケストラだった。
「……殺してやる」
絶対に。絶対に殺してやる。
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す――――――!!
その名前を叫んだ。その存在と初めて会った時、名乗ったその名前を。
「
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
奈良県某所。使われなくなって久しい、ごみの最終処分場の跡地に現れた
手に大きなスーツケースを持ち、使われなくなったゲートを強引にどかして進む。さび付いた金網を潜り抜け、埋め立てられた雑草塗れの土地を歩く。
「はあ……はあ……」
相場の視界の奥、小さなプレハブ小屋の前に着くと、扉を蹴り破って中に入った。
「……なんでこんなところを指定した!? もっと良い場所があっただろ!」
相場を待っていたのは、ふんわりとパーマがかかった今風の髪型の青年だった。白いシャツに、スラックスを履いており、場所に似合わず清潔な印象を受ける。
「まあそう怒らないでください。追っ手をまくにはちょうどいい距離だったでしょう。なにせ相手は
青年は、読んでいた古いハードカバーの聖典を閉じ、椅子から立ち上がると相場を迎え入れる。
「ふさげんじゃねえぞ
「切れたんじゃない。貴方の
「そんな説明聞いてねえよ!」
相場は乱暴にスーツケースを化野に投げつける。それを綺麗にキャッチした化野は、中身を確認する。
「管制室に保存されていた機密データすべてだ。これで、本人そのもののカタチをした式神が作れる。式神術の進化の先……究極の術! この功績で、俺も
「そうですか。ありがとう相場さん。でも貴方では
「なん、だと……!!」
青筋を立てる相場に、化野は冷静に告げる。
「表現者は、鑑賞者に
「て、てめえ……!」
「結局、貴方は
「ふざけてんじゃねえぞ!!」
相場は化野を殴りつけようと、拳を突き出す――――――しかしそれは空を切る。
突如目の前から忽然と姿が消えた化野に、相場は焦りの色を隠せない。そして、どこからともなく化野の声が聞こえてくる。
「相場さん。貴方が救われる唯一の方法をお教えしましょう。外に出て、一際広い埋立地に向かって歩いてください」
相場は焦りで全身から汗が噴き出していた。何が何だかわからないまま、ゆっくりと指示通りに動く。それを遠くから見ていた化野は、小さくため息を吐く。
「選択の余地は、他にもあった。だが貴方は結局僕の指示通り動くだけだ」
――――――雨が激しく降り始める。暗闇の中、恐る恐る歩みを進めた相場の前に、ネクタイを外し、シャツの腕をまくり上げた黒髪の青年が立っていた。
「相場聡の前に現れたのは、狂犬……いや、もはや
その目は、暗闇でもわかるほど深い漆黒に覆われ、身に纏う殺気と憎悪に、相場は腰を抜かして尻餅をついた。
「ぁぁ……違う、違うんだ」
「……相場聡。お前は事件当日、商談をしていたと言っていたな。照太に頼んで調べてもらった。お前が取引していたのは海外のブローカーでも想術師協会関係者でもなかった」
燈護は相場のパソコンに残っていたログから、取引相手の名前を割り出していた。
「
燈護は一歩ずつ、相場に近づいていく。
「違う! 俺じゃない! しらない!! 俺は何も知らないんだ!!」
ガタガタと震え、地面を這いつくばって逃げようとする相場の胸倉を、燈護は強引につかんで立たせる。
「
「知らねえ!!! 本当なんだ!! 頼む! 信じてくれよぉぉぉ!!!」
鼻水を垂らし、縋り付くように燈護の肩をつかんだ相場は、燈護の右拳によってその頬を粉砕される。
「ごばっ……」
「喋らないならいらないな。その口は」
「やめ……」
肉と骨を殴打する音が雨音をかき消していく。血が雨で滲み、周囲の泥と混ざって滲んでいく。馬乗りになって相場を殴り続ける燈護の瞳は、もはや相場を捉えていなかった。
「……ご……め」
僅かながら呼吸がある相場は、必死に謝罪を口にする。しかし、それが燈護に届くことはなかった。
燈護は立ち上がると、
「
その光を見つけたのは、
――――――俺は日本一の刀鍛冶になる!
――――――なら俺は。誰かの夢を
「燈護……お前の夢は……やりたかったことは……」
『
黒い光が放たれ、周囲の
「
刀太の後を追う
二人が見たのは、雨を弾く漆黒の羽織姿の燈護だった。指の間に装着された漆黒のメリケンサックを構え、見下すように相場を見据え――――――。
「
そのまま相場の体を穿った――――――。
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