エピローグ 聖戦の始まり

☆エピローグ☆



 皆が寝静まった夜。七楽ならくはオフィスに一人残り、タバコを吸いながらできたばかりの事件の報告書を閲覧していた。

 〈曲がる死体〉殺人事件。

 そう呼んだ四人の連続殺人事件は、被疑者河野芳樹こうのよしき17歳の死亡により幕を閉じる形となる。廃倉庫から検出された傀朧カイロウが、第四の犯行現場である廃ビルに残されていた傀紋かいもんと一致した。愛生から聴取した犯人の言動、動機、どれを取っても状況証拠になりうるものだと判断できる。

 だが、引っ掛かる点が多い。どうして第四の犯行だけ証拠を残すようなことをしたのか。特段に焦る状況でもなかったはずだ。それなのに証拠を残すミスを犯すのは妙だ。それに、廃倉庫が倒壊した原因も妙だ。瓦礫の検分を行ったデータから、柱に河野の傀朧が検出されたが、どうしてわざわざ柱に術を仕掛けたのか。証拠隠滅するのなら、ただ傀朧を消せばいい。しかし、河野は派手な爆発を選んだ。今までの完璧な犯行からは想像もつかないミスだ――――――。

 そんなことを考えながら、黒いスマホ―――賦殱御魂ふつみたまを持ち、パソコンに表示された杜若愛生かきつばたあおいのデータを見る。

 経歴、能力、どれをとっても平凡的な彼女が、なぜ教協師メンターに選ばれたのか。これまで選ばれてきた者たちと彼女は、何か一線を画すものがある気がしてならない。


「彼女は……」


 ――――――橙朧人ダウナーを殺さない選択を行うことができる人物。七楽が課長に赴任して五年。十数名もの教協師メンターが選ばれ、そして全員潰れるか死んだ。その悲惨さを見ていた七楽は、並々ならぬ思いで愛生のような人物が来るのを待っていたのかもしれない。


「彼女なら対策課を変えてくれるかもしれないな……なんて」


 七楽はモニターのスイッチを切り、タバコを灰皿に押し付けて帰宅の途に就く。暗転したオフィスには、タバコの匂いだけが残った。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 ――――――巨大な扉が開く。目の前に広がっていたのは、静謐で美しい夜空と蒼い花だった。ふんわりと香る花の匂いと冷たい空気を吸い、青年は扉の奥へ歩を進める。一面に広がる蒼い花の中に一本の道が続いており、それはやがて丘の上へと青年を誘った。

 丘の上には大きな漆黒の机が空間に不自然なほど広がっており、その奥で一人の少女が巨大な玉座に座って青年の帰りを待っていた。


「おかえりなさい、化野あだしのくん」

「……ただいま戻りました、我が主」


 少女はミトラと呼ばれる美しい装飾があしらわれた司祭冠を被り、白いドレスを身にまとっている。瞳は視界に映る花を反射しているかのように蒼く煌めいていた。

 少女は青年を歓迎するようにクリーム色の長髪を靡かせて立ち上がる。


「かしこまらなくてもいいわ。さあ、そこに座って」


 青年は少女が示した椅子に座らず、立ったまま続ける。


「いえ、何度来てもここは落ち着かない。私がこの空間に立ち入るのは、身の丈に合っていないと思いますから、お気になさらず」

「そうね……でもそれは私とて同じなのよ化野くん」

「ご冗談を。この運命の庭タカマガハラはこの世界で最も天上に近い場所であり、最も世界から遠い場所でもある。ここに存在する権利のある者は、貴方しかいません教皇ハイプリエステス

「いいえ。私はここを譲り受けた身。本来器ではありませんが、今はここを守るために命を賭しているのです。だからこそ、貴方にお願いをしました」


 青年は少女を見据え、跪いて言葉を吐き出す。


「はい。貴方の予言どおり、杜若愛生かきつばたあおいは想術犯罪対策課に。ご指示どおり捜索に使っていた駒の痕跡は消しました。対策課に詮索されることはないでしょう」

「そう……河野くんには悪いことをしましたね。彼の能力を目覚めさせ、欲に忠実な獣にした責任は私にあります」

「いいえ、欲に忠実になるか否かは貴方の干渉の外側でした。あの少年は裁かれるべき罪を犯したのです」

「……そうね」


 少女は悲し気に遠くの花を見つめ、拳を握りしめる。


「……時は満ちた。全同志たちへ向け、言葉を繋ぎます」

「かしこまりました」


 少女は身を翻し元居た玉座へ向かうと、腰を下ろす。少女が漆黒の机を叩くと、黒い机の上に色とりどりのウインドホログラムが表示され、大量の人物データやステータス、子細な物語データが少女の前に浮かび上がる。


運命の輪TAKAMAGAHARA、起動します。時系列と分岐点を設定し、干渉する運命を選択してください』


 少女は右腕をタクトのように降り、浮かび上がったウインドの中から杜若愛生かきつばたあおいの人物データをピックアップする。


「愛生……私が必ず……救ってみせるから」


 少女は凛とした声で、目の前の机に向かって言葉を紡ぐ。


復楽ふくらくの花園の同志たちへ、言葉を届けます。時は満ちた。今こそ我らの理念を、理想を、願いを、憎しみを、世界に示す時が来ました」


 少女の声はまるで巨大なホールにいるかのように響き渡り、化野の鼓膜を揺さぶる。魂そのものに問いかけているかのような存在感と神々しい威圧―――化野はこの少女こそが、この世界を変えるにふさわしい存在であると改めて確信する。


「各々の意志を貫き、この誤った想術師たちの世界へ報いる者を、私は歓迎し、を与えましょう」


少女は徐に右手を伸ばし、目を細める。


「聖戦の始まりです」



第二幕へ続く


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