7 DEAD OR ALIVE
7
前川さんは深刻そうな顔で俯いており、
「揃ったところで、この事件の真相を暴きたい」
「ふざけんじゃねえぞ! 犯人はそこにいる刀太だろうが! 何で俺たちが容疑者にされなきゃなんねえんだよ!」
苛立つ相場さんは、刀太さんを指して大きな声を出す。納戸さんはそれを見て、相場さんを睨みつける。その凍るような圧に、相場さんは歯を食いしばって押し黙った。
「一つずつ整理をしながら進めたい。まずは全員、事件当時のアリバイを再度お聞かせ願いたい」
「俺は会議室で商談してたって言っただろ! 部屋からはトイレ以外出てねえ。カメラの映像見りゃわかんだろうが!」
「確認済みだ。確かに貴殿は部屋から出ていない」
「私は、今朝も申し上げましたが、所長と同じ時間に出社し、そのまま管制室に。その後所長室へ行き、現場で所長を発見しました」
「それも立証済みだ。監視カメラに貴殿の姿が映っていた。管制室から出てまっすぐに所長室へ向かい、その後、生産ラインへ入っていくところを確認済みだ。刀太、お前はどうだ?」
「俺は……庵にいました。その時間は多分寝てたと思う。昨日は深夜まで起きてたから」
「けっ! 嘘つきやがって!」
「そう。それはおかしい話だ」
納戸さんは全員に見えるよう、カメラの映像をモニターに提示する。それは、先ほど私たちが確認した刀太さんと思われる人物が、生産ラインに入っていく様子だった。
「この映像では、確かに刀太と思われる人物が所長を追うように生産ラインに入る姿が映し出されている。そしてすぐに出て、それから数分後に前川氏が後を追って所長の遺体を発見する」
「ならこいつが犯人じゃねえか!」
「いいや。違う。なぜなら、出た後の刀太はここからどのカメラにも映らずに行方をくらませたからだ。その数時間後、俺たちが庵に行ったとき、確実に刀太は庵にいた。だからこそカメラに映った存在が刀太じゃないことが自ずと立証される」
「は? どういうことだよ」
「えっと、すいません。オレが調べたカメラの位置と、映像を記録できる範囲を明確にした地図を出しますね」
照太くんはモニターに地図を表示する。
「この地図からわかることがあって、それは現場から庵に戻るには絶対にカメラの前を通らなきゃ戻れないっていうことなんです」
「つまり、この映像に残った刀太は庵には
「言いがかりだ! 回り道すりゃいいだけじゃねえか! 死角になるところくらい……」
「確かにその通りだ。では、ここからカメラの死角を通って、どの道をたどれば庵に行けるか実際に検証する。その結果がこれだ」
照太くんがエンターキーを叩くと、地図上に赤い線でルートが表示される。
「たった一本だけ、カメラの死角を通って外に出られるルートがある。だが、その行き先は庵ではない」
地図上に表示された到達点は――――――生産棟と書かれた場所だった。
「直行したのだ。自らが
「……」
一同が一斉に前川さんの方へ向く。前川さんはメガネをクイッと上げ、深刻そうな顔のまま納戸さんを見据える。
「そしてもう一つ。管制室の排気口を利用すれば、カメラに映らずに生産ラインへ向かうことができる。実際に刀太と背格好の近い“たもちゃん”に入ってもらい、確認を取った」
可愛らしいあだ名で呼ばれた灰狼さんは、自信満々に腕を組んで笑っていた。次にモニターに映し出されたのは、排気口の中の写真と、灰狼さんの
「おうよ。そういうこった。前川さんアンタ、カメラの映像を差し替えたなァ。自分が生産ラインへ入る映像を追加する形でな。朝、管制塔に入るところまでは真実。だが、それから先の映像の時間を差し替えた。と言っても、改ざんは簡単じゃねえ。技術と時間が必要だ。
あんたの職能と想術系統を調べさせてもらった。電子系の
「そう。まず出社し、管制室に向かう。そこで予め用意していた刀太の姿の式神を起動させ、排気口に潜らせる。そして時間差で管制室から出て、所長室へ向かい、そのまま流れるように所長を殺させた後、入れ替わりで自らがラインに入ればいい。ラインの中のカメラはあらかじめ破壊しておくか細工をして映像が残らないようにしておけば成立する。そして、この一見無謀にも見える計画を実行できたのは、普段の所長のルーティンを知り尽くし、想術で証拠の残らないようカメラをハッキングできる前川さんだけだ。
所長が生産ラインの点検を自ら行う時、集中して背後が疎かになるのを知っていた人物は貴殿しかいない」
納戸さんの指摘に、前川さんは俯いたまま口を開く。
「……証拠はあるんですか? その推理に足りない、決定的な証拠を今ここで、提示できますか?」
そう言われた納戸さんは、ジャケットの胸ポケットから袋に入った紙きれを取り出した。そこには、シリアルナンバーの断片が書かれており、それを見た前川さんの表情が変わる。
「それは……」
「式神には生産番号とそれを作った管理者、つまりユーザーが登録される。生産棟へ行って調べたところかろうじて残されていたものだ。焦って証拠を消そうとしたのだろうな。だが、アリバイ作りの関係上完全に処分はできなかった。その管理番号を調べれば、誰が作ったのかわかるし、滅却された時間も特定できる。カメラの映像は誤魔化せてもこれを処分する時間の優先度は低かった。捜査の目が、ここに向く可能性が低いと判断したからだ。これでもまだ、自分が犯人ではないと言い切れるか」
場がしんと静まり返る。一同の視線が前川さんに注がれ、皆その動向を注視し、固唾を飲んで見つめていた。
「……ハハ」
沈黙を破る様に、前川さんの口元が邪悪に歪んだ。
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
「何がおかしい」
「あーあ。バレちゃった。行けると思ったんだけどな」
「前川……てめえ」
「呼び捨てにすんじゃねえよゴミカスが」
突如口調が豹変した前川さんは、髪を鬱陶しそうに解き、メガネを外して相場さんに投げつける。
「十年。十年も、あんなクソ野郎の秘書をやってたの。それがどれだけ苦痛なことだったか、あんたたちにわかる? セクハラパワハラモラハラ……あらゆるハラスメントの権化よ。あの豚野郎は」
前川さんは机を蹴り上げ、長い足を机に乗せてふんぞり返る。
「元々はね、依頼を受けてこの工場の技術を盗むのが私の仕事だった。あの豚は警戒心が異常に強かったからとても丁寧に潜入したわ。初めはうまくいってたんだけどね、でもふとした時にバレちゃった。三か月前のことよ。脅された。言う通りにしろってね。ここから先は、言う必要ある?」
「必要ない。だから殺したと?」
「そうよ。解放されるにはそれしかなかった。どうすれば丸く殺せるのか考えに考えたわ。何せここは協会直轄の秘密施設。死人が出たら隠ぺいは難しい。それで、あいつが作ったシステムをそのまま利用させてもらった。この工場で最も崇高な技術はね、真の〈職人の式神化〉よ」
『!!』
職人の式神化。技術の模倣ではないのか。それってつまり、刀太さんのお父さんたち職人を必要としなくなったということなのか――――――。
「俺の父も、流派の仲間も、全員いなくなったのは……」
「そ。技術だけ複製されて用済みになったから、あの豚野郎はこっそり職人を社会的に消したの。商売敵になる可能性があるからってね。そしてその技術をそっくりそのまま再現した精巧な式神が、入れ替わり永遠に稼働し続けて刀を作り続ける……なんて効率のいいシステムなんでしょう! ってね」
「そんな……そんなの……酷すぎる」
「そうか父は……それを知って……」
刀づくりは心だ――――――そんな刀太さんの言葉が、脳内で再生される。
なら、その尊厳を完全に殺された刀太さんのお父さんは、どれほど悔しく、どれほど屈辱的なことだったのだろうか。
「あいつが生み出した、効率の最大化理論。その技術だけはどうしても奪えなかったけど、あいつを殺すのに役立ってくれたわ」
「……そんなの、ひどすぎます!」
私の心は、マグマのような怒りで満たされていく。
「あなたの目的のために、一人になっても決してあきらめずに刀を作り続けていた刀太さんを利用するなんてっ!!」
「利用? バカ言わないで。私と刀太は同じ気持ちだったはず。そいつはずっと殺したいと思っていたはずよ。憎い叔父を」
「何を……」
「責める権利なんて、そいつにはないわ。むしろ感謝して欲しいくらい。私が代わりに殺してあげたんだから。刀太、礼くらい言いなさいよ。この落ちこぼれ。あんたは豚野郎から目もかけられていなかった。落ちこぼれだからよ。技術の模倣をする必要すらないから消されずに済んだ。ただそれだけの存在」
「いい加減に……!」
身を乗り出した私を、納戸さんが手で制止する。見渡せば弔葬師たちは皆、怒りに満ちた表情で前川さんを見ていた。
「情状酌量の余地はねえなァこりゃ」
「胸糞悪っ。スパイしてたアンタが悪いんじゃない。ま、被害者の人格も終わってたっぽいけど」
「でも……オレもこの人は許しちゃだめだと思うよ。刀太さんを犯人にしようとするなんて」
「私も……想術犯罪対策課長として皆に同感だ」
そして、
『
弔葬師たちの
「だめです!!」
私は前川さんを庇うように両手を広げて前に出る。すると、光が次第に収まっていく。
「この人は……絶対に許せません。だからこそ、罪を償わせないといけない。そう思うんです! だから殺さずに罪を償う機会を与えるのが、私たちの役割なんじゃないでしょうか」
私の呼びかけに、皆は
それを見て安心したのもつかの間、私はなぜみんなが
首筋に奔る、冷たい感覚――――――。
右からまっすぐに迫る、銀色の刃――――――。
「えっ」
「上から目線に……正義語ってんじゃねえぞクソアマ!!!」
――――――冷たい死が、私に迫る。その時、もう一つの殺気が、私の顔の左を通り過ぎた。
「ふべぇ」
ぐちゃっと潰れる音とともに、私の頬に生暖かい血が付着した。私の視界が赤く染まり、力が抜けていく。
それは蹴りだった。まっすぐに繰り出されたのは、納戸さんの蹴りだ。その一撃は、前川さんの顔面を粉砕した。私が振り返った時には、歯が折れ、鼻が曲がった前川さんが、背後の壁に打ち付けられていた。
突然のことに、その場で座り込んでしまった私を、灰狼さんがそっと支えてくれる。
「おっと。嬢ちゃんは見んじゃねえぞ」
灰狼さんは優しく私の目を塞いでくれた。ぐちゃ、ぐちゃ、という生々しい音だけが何度も響く。
「だめ……です。殺すのは……」
だが、私の声は届かない。
私のせいだ。私が不用意に、前川さんの前に出てしまったから――――――。
私はどうしようもない不快感に打ちひしがれる。
「あ、ああ……」
私の目に涙が浮かんだ時、殴打する音がようやく止んだ。
「ひ、ひいいい……人殺し! バケモノ!」
傍で見ていた相場さんが、ガタガタと震えて椅子から転がり落ちる。私は灰狼さんの手を払いのけ、自分の意志で目の前の惨状を見た。
「おい嬢ちゃん! バカ野郎!」
完全に潰れた顔面。部屋中に飛び散った血。ピクリとも動かなくなった前川さん――――――そして、激しい憎悪に塗れた血だらけの納戸さんの姿。
「うっぷ……」
私が何より吐き気を催したのは――――――納戸さんの表情を見てしまった時だ。あれほど捜査に熱心で、ひたむきに犯人を突き止める納戸さんの姿と、今目の前にいる憎悪に満ちた納戸さんのギャップが、どうしても私の中で受け入れられなかった。
「……どうして」
私は涙で震えた声で納戸さんに問いかける。
「何で、そこまでするんですか……」
納戸さんは顔色を変えずに私の方を見て、はっきりと答えた。
「すまない。俺は
納戸さんは
「だからもし、俺が貴殿の正義の邪魔するのなら、殺してくれて構わない。その権利が貴殿にはある」
そうして納戸さんは、ポケットから煙草を取り出して火をつけた。その煙が、香りが、鼻にこびりつく不快感となって意識を侵食する。
殺す。殺す――――――?
私にはそんなことはできない。絶対に。
私は無意識に納戸さんに
「こ、こんなの、許されるはずがねえ……悪魔だ! 絶対に許さねえぞクソ野郎ども!」
その時、壁際で震えていた相場さんが壁をよじ登る様にふらふらと立ちあがる。そして、謎の白い玉を地面に向かって投げつけた――――――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます