第二十話 大切な

「うぐっ...ひぐ...」


「ヴァルドボルグ様、こうなった経緯を説明させてください。どうか」


「ぐすっ...もうなんでもいいよぉ...おれさまはこのまま死ぬんだから...」


「疲れちゃってますね」


焦げた家の跡だけが残る、小高い岡の上。既に太陽は、からだの半分を地面に隠している。とにもかくにも説明をせねば。


「うん...じゃ、僕から説明するよ、ヴァル。いいかい?君は今、35歳。強くて、カッコいい最強の魔竜ヴァルドボルグ。だったんだけど、君はトラブルによって記憶が飛んで、小さな頃に記憶が戻ったんだ」


「...うっ...ひぐっ...」


ヴァルは、特に何のリアクションも示さず、ただ三角座りでうずくまって、肩を震わせながら泣いている。でも、こちらの言葉の意味は判っているはず。


「今の君は知らないかもしれないけど、僕と君とは15年の仲だ」


すると、ヴァルは肩を震わせるのをやめる。さっきまでの泣き顔が嘘のようにこちらを睨み、ペッ、と唾を吐く。


「偉大なる魔竜のこの俺様が?狼人とつるんでるだと?あり得んな。魔族とは、人を滅ぼす存在。その下に位置する狼人などと15年も付き合う道理はない」


「ところが、そうでもない。事実、君の未来はそうなったんだ」


「そんなはずはない。魔族は1万年に渡る長きの間、人を滅ぼすために戦った。これまでもこれからも、その未来が揺らぐことはない。...ははぁ」


「何だ?」


「お前、俺様の"血"の臭いを感じるな。そうか、そうか」


おっ、納得してくれたか。


「つまりお前は、未来の俺様が配下として従えたって事だな!!」


ちげえよ。


あーもー!!解釈が捩れていく!!


「そーうかそうか!!それなら納得!こんなあり得るわけもない未来、幻覚の類いじゃなきゃ説明できないと思って泣いてたが、そういうことかぁ!」


「まっ、まあ君の力の一部を譲り受けたのは事実だけど、そうじゃなくて!」


「そうかー!!アハハ!!で?どうする俺様の部下。村の一つでも滅ぼすか?ん?」


「あのー、ヴァルドボルグ様。そう言うことではなく」


「いーのいーの、もう説明いーらない!そうかぁー、未来の俺様、こんな...ん?毛?」


あ。ようやく気付いたのか。僕の力が、そっちに入ってること。


「この毛って。俺様の力じゃなくて、お前の...?」


「うん」


「まさか俺様たち、力を交換したのか...?」


「うん」


目の前のヴァルが、わなわなと震え出す。


「どうやって...?」


「それはもう。君と僕とで...」


「ストォオオップ!ストップでございますロウ様!!ヴァルドボルグ様の教育に良くありませんぞ!!」


「えー?でも事実は事実として話さないと...」


「ヴァル様にはまだ早い!」


「彼はもう35歳なの!!」


「それとこれとは関係ござませーん!!」


「ひいっ!ど、どういう事だ...?俺様、訳がわからないぞ」


こちらを制止してこようとするシルバラとの戦いで、大人げなく地形にボコボコに穴を開けた大人二人。


「ぜぇ、はあ。やめにしましょうロウ様」


「あ、ああ。本末転倒とはこの事だ...」


そんなこんなで日がくれていき、夜に。空は、僅かにオレンジ色が残るカクテルのような色をしている。一旦落ち着きを取り戻した大人二人はその辺の木を抉り出して椅子にし、焚き火をたいて囲み、ヴァルに今までの15年の出来事を説明した。


「ふーん。なるほどね。納得は行かないけど、それなら今のこの状態の諸々が、理解できる」


「流石でごさいます、理解が早い」


「当然だ。俺様をなんだと思っている。しかしその、話の中で出てきたせいしとかせいえきとかって...」


「ああ、それは知らなくていいです!」


この人、そういうのに案外弱いのか?


とにかくだ。彼には、おとなしくしといてもらわないと。


「そう言うわけなんだ。魔族は人類種との戦いをやめ、厳しくも、共存の道を選んだ。だけど」


ポケットの瓶から、薬を取り出す。


かつては液体状だったが、改良を重ね錠剤に。定期的に服用が必要な代わりに、魔族なら誰でも飲める。ヴァルのためのオーダーメイドだったものの更なる改良品で、今はヴァルもこっちを服用している。


「説明した通り、君の場合はこれを二日に一回、1錠服用してもらうことになっている。どうか飲んではくれないか?」


「狼野郎...」


キラキラとした目。信じてくれたのか、ヴァル!


「断る」


「ズコー!!いや、今のは飲む流れでしょ!」


「大体話を聞きながら思っていたのだが、貴様の話がすべて本当だとして、お前中々酷いことするよな?だって、俺たちの本能をどうこうするんだろ。それって、なんか気持ち悪いぜ」


気持ち悪い、か。


似たような言葉は、この十五年で何度も言われてきたことだ。


けど。


「...ああ。」


慣れたと思っていた。けど、底の底の方に残っていた、この方法に対する疑念のようなものが、じくじくと疼いている。


ヴァルに、言われたからだろう。


「そうだね。ほんとうに気持ち悪いよ」


空が、完全に暗くなった。



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