第二話 歴史の授業
学校の中央にある巨大な鐘の音が、学校中に響き渡る。それ即ち、授業開始の合図。階段を八度ほど曲がった、次が最後の踊場。
「それでは、授業を始めます。みなさーん、席について...」
「...シャアーーーッッッ!!!すまねぇ、ギリギリセーフだよな、ワカバ先生!」
「おや、リング君。もちろん、ギリギリアウトですよ」
「げぇー。」
ワハハハ、と教室から笑いが起こる。
「ほらはやく、席について」
ワカバ先生は自慢の長い髭を手でとかしながら、優しくそう促した。さっきの嫌味野郎と比べて、この人はいい先生だ。空気も緩いし。階段をのぼり、他の人と距離をとって椅子に座る。
「さーて、前回はどこまでやりましたかな?儂もそこまで、覚えておらんでのう」
「はーい先生、前回はヴァルドボルグ8世あたりまでやりました」
真面目そうな女子生徒が答えると、ワカバ先生は目を見開いて、それからうんうん、と頷く。
「おーそうかそうか。ラヴァルの断崖じゃな?うん。君たちもそのうち、修学旅行とかで行くかもしれんの。まぁー今回やるのは、13世あたりの話じゃが」
「えー?すごく飛ぶんですね」
「まぁまぁ。こっちにも色々と、"かりきゅらむ"があるのでな。では、始めるぞ」
飛ぼうが飛ばなかろうが、どうだっていい。俺は、歴史はそんなに好きではない。いつもファニーに誘われるからなんとか出れちゃ居るが、そのファニーも、今日は居ねぇし。あーあ、最悪だ。寝てようかな。どうせ咎められはしない。
「この世界では、幾千年、いや、幾万年に渡るほど長い時間、人間と魔族が対立しておった。そして、その狭間に儂らのような狼人間...つまり、狼人がおった。三者は互いに争い、憎みあい、今日まで多くの命が失われたのは、皆周知の事実であろう」
先ほどまでの空気は一変し、みな黙りこくる。それは、当然の話。この教室には皆居る。人間も、狼人も、そして魔族も。歴史の授業の空気は淀んでいる。皆あまり受けたいとは思っていないだろう。だからこそ全員に対して必修になっているのだろうが、受ける方はたまったものではない。
「そして、ヴァルドボルグの13人目。そう、即ちこの学校の創立者の一人であられるヴァルドボルグ13世様が人間との争いをやめることを宣言。魔族の多くに対して人間への攻撃をやめるよう促しました」
そう。この学校は、三人の偉人によって建てられたものだ。まだ十年も歴史のない、若い学校。まだ軋轢も多いが、一応平和にやれては居る。
創立者の一人は、元魔王であったと噂のヴァルドボルグ13世。竜魔族であるにも関わらず体に毛が生えているなど、謎が多い人物だ。今は、全国を飛び回っているらしい。
二人目は、シキの王ダラブエルゼ。過去に狼人と確執があり、魔族とも敵対していたがこの学校の創設に大きく寄与した人物。とくに、お金の面で。
そして最後の一人は、狼人ロウ。狼人なのに翼があるという噂を聞くが、活動的なヴァルドボルグに対して表舞台に姿を見せない。
「...あまりに突然の出来事に、魔王討伐に沸いたルーハの街はおおいに困惑しました。しかし本当に、魔族による人間への襲撃はめっきり減ったのです。そうなった経緯について、詳しく知る人はいますか?」
うわっ、やべ。
当てられるかも。
「えーと、今日は、3の月の4日だから」
珍しいな、あの人が生徒を指名するなんて。
不味い不味い、このままだと正確に答えられないかも...あっ。
「えーでは、リングくん」
「あっ、はい」
「この世界で元々、多くの地域で信仰されていた宗教は?」
「...『イヴ』信仰。ですよね」
「その通り。では、魔族を産み出したのは?」
「『イヴ』です」
「その通り。では何故、神は魔族を産み出したのか?」
「えー、っと」
前二つは楽勝なんだけどな。だが、俺にはこれがある。ファニーの取ってくれたノート。
「世界平和のためです」
「詳しく」
「...人類は発展の末に、最後には必ず己の力をもて余して自滅する。そうならないよう、人類は常に団結する必要がある。そのために、本能的に人類に敵対する魔族を産み出し、神からの祝福を受けた存在である勇者が、それをとりまとめる魔王を周期的に滅ぼす。それが、神の意思であり、即ち魔族の存在理由です」
「お見事。座ってください」
まばらな拍手を受け、席に座る。
「では、そのようなことを語る上で、明確な根拠はあるのか?これは、調査隊が魔王城に向かった時に...」
ああ。これでもう、この授業じゃ当てられないんだろうな。あー、どっと疲れた。戦ってたし、太陽も気持ちいい。
あーねむい。
眠い...
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「...と、言うわけです。終わります。起立」
うおっと。寝てた。
折角貸してもらってたノートに唾がついていた。あーあ、後で何て言おうか。まわりにあわせて、慌てて立ち上がる。
「ありがとうございました」
「ありがとうございました」
もう、飯時だ。生徒は思い思いにつるんで、学食行こうかとか、街に出掛けようとか、色々と言っている。
「さーて、俺はどうすっかな」
入り口の方に視線をうつす。学食のハンバーグか、この季節だしソラクジラの串焼きにするか。そんなことを考えていると、そこには見慣れた影。
「...ファニー」
いつも通りのニコニコ顔で、こちらに手を振っていた。
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