第一話 ネチネチチーム

「ふにゃはらへろ...」


「なーにがふにゃはらへろ、だ!はやく医務室行くぞ、ほら。立てって」


見たところ、別に致命傷では無さそう。あれだけの攻撃魔法を喰らって無事ですむのは、流石回復魔法ぶっちぎりの首席、といったところだろうか。


「いやー、せいせいしたぜ!ようやく、あのネチネチチームに勝ててよぉ」


「全くだ。試合の大半が引き分けになるから、疲れるんだよなー、あいつら」


少し離れた所では、先ほど戦っていたチームがファニーから取り上げたバッジを手に、ケラケラ笑っている。


ネチネチチーム。俺たちがこの学校でペアを組んでからというもの、ずっと言われ続けてきたことだ。順当な評価じゃあるが、あまりいい気分ではないな。


「ほら。次のチームもここでやるんだからはやく退かないと。担ぐぞ?いいな」


相変わらずのファニーを背負い、試合の審判役の先生に一礼して、その場を去る。


「しかし、ほんっと意味わかんねえよなファニーって」


さっきの奴等がほかの人間とつるんで、まだ喋ってる。


「回復魔術のエキスパートなんだろ?だったら、あんな中途半端に防御によってる魔族なんかとペア組まないで、もっと攻撃力ある奴と組めばいいのに」


「だよなぁ~。あ、あれじゃね?脅されてるんじゃないの?あの魔族に」


「おいバカ、それはしょっぴかれるぞ。魔族差別だ」


「おっと、そうだった。聴こえてなきゃいいけど!」


わざとだな。なんつー低俗な煽りだ。


と、済ませられるような強靭さがあれば、良かったんだが。悲しいことに、言われていることは全て事実。回復魔法でダントツトップのコイツと違って、俺には誇れるものが何一つない。やれファニーの金魚のフンだの、やれファニーを洗脳しているとか脅しているとか、校内の評判はそんなもんだ。だが、コイツは俺のことを見捨てたりはしないし、そういう空気にも毅然と立ち向かっているし、なおかつ、荒波を立てるような真似は絶対にしない。


「らしくないな。わざわざ防御範囲から一人で出ていくなんて」


闘技場は学校から少し離れた場所にある。本校の医務室までは遠いが、近くには当然臨時のテントが設けられていた。だが、そこにはあまり気に食わない奴も多い。


「...本校の医務室に行こう」


「あぁ、おいファニー?無理すんなよ。テントで治して貰いなって」


「大丈夫。意識が戻ったから、ある程度は自分で回復する。あんまり、騒がしいところにはいたくない気分なんだ」


「おう。そうかよ」


柔らかい風が吹く草原を駆け、学校へ向かう。ルーハの中心街の外、ザモミモザの花畑に囲まれたレンガ造りの学校が見えてくる。


「ごめんね...急に飛び出して」


「...あれはホントに意味わかんねえ」


そんな会話をしながら、土で舗装された道を駆け抜ける。花畑から、春の臭いがする。鉄の柵で隔てられた入り口に、チェリー先生が掃除をして居るのが見えた。赤い鱗に、長い尻尾が飛び出す白黒のスカート。相変わらず、ぶっ飛んだ格好だ。


「おやーまあ、ファニー君がケガ?珍しいね。医務室?」


「ああそうだチェリー先生。通してくれ」


「もちろんいいけど、闘技場には出張テントがあったはずでしょぉー?またニンゲンに悪い噂が流れても知らないよ」


「いいんです、僕が頼んだことなので。今気分が落ち込んでるので、こっちに帰りたくて」


「ああそう?ならいいけど。はい」


鍵をあけ、鉄の門をチェリーが押す。相変わらずの怪力で、片手でちょっと押しただけで全開になって、ガァーン、と派手な音を立てて跳ね返ってくる。


「...、その門いつか壊れるんじゃねぇの?先生」


「あらぁー。もう既に一回壊したわよ。でもヴァルドボルグさんは怒らなかったよ?」


「それ、たぶん呆れられてるだけですよ。じゃあ、俺らは医務室行くんで」


「はぁーい。じゃあね」


校内へと続く、巨大な木の扉を開け、廊下を二度ほど曲がる。


「はいいらっしゃい。おや、ファニー君と、それから...リング君。珍しいね、君たちが医務室に来るなんて」


人間の医者。あまり、顔を合わせることがない奴だ。えーっと、名前は誰だったっけか。


「寝かせてやってくれ。その...えっと」


「ブロッサだ。先生の名前は覚えておいて損はないぞ、リング君」


「へいへい」


ちぇ。嫌味な奴。背中のファニーを布団に預けて、俺も隣に座る。


「同伴ですか?」


「駄目かよ」


「構いませんが、次の授業に間に合うのですか」


ブロッサが棚から使い捨ての手袋を取り出し、手をファニーにかざす。


「俺らが次に受けるのは歴史。一時間は休みだから問題ねぇよ。心配すんなって」


「そうですが。では治療を始めましょうか。ふむふむ。ふんふん。攻撃魔法による損傷ですか...うん。ですが、流石の治癒力ですね。常人ならば死にかねないような傷が、内部に構築された自動回復魔法によって既に七割はなおってますね」


げぇ。常人じゃ死ぬほどの攻撃を正面から浴びたのか、コイツ?どんだけ恨まれてたんだよ、俺ら。


「しかし、君という者が居ながら、これほどの致命傷を受けるのは珍しいですね。いつも、君たちは負け無しなのに」


「変に気ぃ遣わないで引き分け量産チームって言ってくれても良いんだぜ。あのな、何でかコイツ、わざわざ防御結界の領域から出ていくようなマネしやがってよ」


「...なるほど。そうですか」


ブロッサは分析の際に使っていた手袋を外し、立ち上がって白衣をなびかせる。


「そうですね、私は次の一時間、彼とお話でもしておきましょうか。それとリング君、君は一つ勘違いをしている」


「なんだよ」


「歴史の授業、もう始まりますよ」


ピラリ。先生が見せてきた紙切れには、今日の時間割りが書かれている。


「はぁ?嘘だろ。もっとよく見せ...あっ」


あ。やべぇマジの奴だこれ。


「ファニー君は私が欠席処理にしておきますから。速くいった方がいいのでは?今日の授業は教室が変わって、六階の部屋ですよ」


「やっ、やべぇ!じゃあ先生、あとはお願いします!!ファニー、達者で!」


鞄を持って、教室へと急ぐ。ちらりと振り替えると、ファニーが手を振ってくれていた。


「けっ。...なんだよ」


少し、ドキッとした。


たぶん慌ててるせいだ。あと三分もない。


「飛ばすぜ!『超加速』...」


「おっとリング君。校内でのみだらな魔法の使用は禁止ですよ」


「ちぇーー!!!」


カタブツがよぉ!そんな、にこやかな笑顔に背中を見張られながら、階段を上がる。あの野郎、気に入らねぇ...そんなことを思いながら、石の階段を登った。








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