第二十一話 真実とは何か
『やあ、久しぶりだねアップル。私だ、イヴだ』
『ああっ、イヴさん!お久しぶりです!貴女から連絡が来るなんて珍しいですね!』
手元の無数にあるディスプレイの内一つに、快活な女の子科学者のアップルの姿がうつる。
『早速で済まないが、応援を頼みたくてな』
エメラルドグリーンの、キラキラした、亜空間の中。重力という概念が存在しないその場所で、他データの干渉を受けにくいセーフティゾーンを球場のバリアを作成することにより確保。そこから、ヴァルドボルグの記憶データを探る。
『私の独力では、今しようとしていることがなし得ないかもしれない。私は今、亜空間のbav-13ポイントにて意識データを探索している』
『bav-13!それまた凄いところに居ますね。誰の意識データをお探しで?』
『例の異世界の、竜魔族のモノだ。膨大な量の上に散らばっていて、100%再構築するのが思った以上に難しい。そこで、最新の亜空間知識に詳しい君に助けて欲しいんだ』
『なぁるほど。事情はわかりましたぁ。ですが、それってこっちの偉い人に怒られませんか?』
『可能性はあるな』
『えぇー!それじゃあいくら私でも参加をためらいますよ。っていうか、なんなら止めなきゃじゃないですか?』
『...大切な人なんだよ。もう、彼を傷つけたくないんだ』
『そうですか。ならばこのアップル!全力でお手伝いさせていただきますよ!』
『そうそう。あと一つ、伝えておかないといけないことがある』
『ふんふん。何ですか何ですか?』
『取得したいデータの周りに強力なバグが存在する。それを取り除かなくてはならない』
『なるほど。それってもしかして他の生き物の意識データで、なおかつ、生前彼に執着してたりします?』
『ああ。流石よくわかるな。その通り。奴はここを漂ったまま、ヴァルドボルグのデータに取り憑いている。その名も...メークン』
「う...g...あぁ...アアアアア...グゥ...ヴァルド...ルグゥウウ...」
理性を失った怪物のごとく、亜空間を漂う『
全身は黒く、その八つの首が規律なく暴れる。それが合流する胸元にある、僅かに金色の輝きを放つデータ。
『そちらに映像を送った。見えるか?あれが討伐すべき敵。データが崩壊して使い物にならなくなる前に、あれから胸元のデータを引き抜く』
『げぇ!!随分無茶なことを言いますね!あのデータ、相当厄介ですよ!倒すだけならまだしも、中にあるデータを損傷せずに取り出すのは無理難題ですよぉ』
確かにメークンは厄介だ。多くの魔法を、つまりナノマシンを無理矢理従えていた影からか、そのデータの一部、主にヴァルドボルグに対する怨嗟がここに残って不完全ながらもデータの集合体を形成。無意識の内に彼の魂を取り込んでしまったのだろう。
『へぇ。まさか、無理なのか?』
ニヤッ。通信しているアップルが笑う。
『無理難題とは言いましたが、無理とは言ってませんよ。このアップルにお任せあれ。今からそっちに行きますよ』
『ああ。助かる』
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「お前らの話によれば、イヴって奴が俺たちの行動原理を作ったんだろ?それを解除するのがその薬」
「ああ」
「だったら。それが本当だとしたら」
焚き火を見つめながら、ヴァルは拳を握りしめる。その顔には、怒りとも悲しみとも言い切れない感情が渦巻いて、彼に歯軋りをさせていた。
「俺様たち魔族の本質はどこにあるんだ」
そう。
それこそが、最大の問題だった。
「本質...本質と言えばね、ヴァル」
「気安く呼ぶな!無礼者」
「はは。そうだね、ヴァルドボルグ様」
思い出していた。ヴァルと知り合って、二年くらいの頃だったろうか。
新しく建てたばかり家の中で、同じ布団に入った時。
「薬、飲んでくれた?」
「ああ。あれ、周期的に飲まないとダメなんだな」
「うん。あ、もしかして不味かった?」
「あれが不味いのは今に始まったことじゃねえから、今更かな。...あのな、ロウ」
ヴァルが、手を繋いでくれる。
「今でも、少し思ってしまうんだ。薬を飲むと、自分が何者なんだろうって」
「ヴァル...」
「俺たちの本能は、人間にしか適用されない。だから、お前と居る分には"本当の俺"だけで充分だろ?」
何も言えなかった。僕は、優しい体温の宿ったヴァルの手をただ、握り返すことしかできなかった。
「ただな。この薬のお陰で、例えば。例えば、魔族と人間が、当たり前のように仲良くなったり、喧嘩したり...そんな風な未来があったら、とても素敵だと思う」
そう語るヴァルの口調に嘘偽りは微塵も感じられなかった。薬についての思いから話を切り出したのは彼の紛れもない本音を伝えるためであり、なおかつ、薬の開発が賛否を呼び疲弊していた僕を気遣ってのものだろう。
「...ありがとう、ヴァル。君はほんとうに優しいね」
「そうか?それは、よかった。...それに良かったのはそれだけじゃない」
「ん?」
「ここしばらく忙殺されてたけど、ようやく。お前とここで一緒に居られること」
「うん。僕も嬉しい」
今日と違って、満点の星が輝く夜だった。それから、僕たちは二人で...
「えーっと、ロウ様。回想があらぬ方向に進んでいませんか?」
「おっと、失礼。でもとにかく、ヴァル」
「気安く呼ぶなと言っただろう」
「...ヴァル。君がそう言ってくれたんだ。彼は、こうも言っていた。"本質がどうとか、そういうのは難しい問題だ。けど、この薬は友達の輪を広げてくれる筈だ"ってね」
「友達の?」
「そう。"人間と、殺しあう選択しか取れなかった僕らにとって、それは希望と呼べる可能性だ"と、そう言っていたよ」
曇り空を見上げ、たき火のオレンジがぼんやりと昇っていく先を、ゆっくりと視線を動かして追いかける。
そう言えば、ヴァルが言っていた生徒たちは今何をしているのだろうか。
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