第十二話 転送事故
「家、無くなっちまったな...ローンとか残ってないのか」
「土地も含めて一括でしたけど...今はそんなことを言っている場合では無さそうですね」
「さすがだな勇者ロウ。金持ちだ。しかし、これ。どうする」
僕、ロウはあまりに突然のことに驚いて腰を抜かしていた。
それはもう、文字通り腰を抜かしていた。
「アレの対処は困難を極めるぞ...」
隣で髪の毛がチリチリになったイヴがそう呟く。全くもってその通りだ。
「ヴァル...どうしてこんなことに...?」
「うぇええぇええええ!!!お母さぁあああああん!!!!」
目の前には、理由はよくわからないが泣いているヴァル。
「なぜ、こんなことになったのか、その理由は10分ほど前にさかのぼる...」
「そんなギャグを噛ましている場合か?ロウ。無詠唱の爆発魔法による自宅の全壊。あれを放っておけばキーアが滅びるぞ」
「キーアどころか世界の危機じゃないか?いや。でも、ただ泣いているだけだし...『強制睡眠(スリーピア)』」
正気の彼なら、一発でいなせるような普通の魔法。果たして通るのか?
「ほぎゃあああああああああ!!!!....う......んにゃ...くかー」
通ったー!!マジか。気を抜きすぎなんじゃないのか?いや、そんなことを気にしている場合ではないくらいの異常事態だ。
「この程度の魔法を防ぐ術くらい、彼にはいくらでもある筈なのに」
基礎構造すらもガタガタになった元自宅の上、炎を上げて真っ黒になったその空間でヴァルは寝息を立てて寝始めた。それを見てイヴは額の汗を拭い、その場にへたりこんだ。
「いやぁー、助かった。『強制睡眠』程度で対処できて良かったよ。状況を整理しよう。まずは、粉微塵になった家を元に戻したいところだな」
「ここまで粉微塵になってると元に戻るかどうか怪しいですよ。よかった、周りにあまり家がなくて」
一先ず、周囲の瓦礫を集めて仮の小屋のようなものを作る。
「朝方、彼は出掛けようとしたんだよな」
「そう。北部へ行く筈だった」
「飛んでか?」
「ううん。彼は忙しい。だから、たぶん『転移』で行こうとしたんじゃないかな」
「『転移』で?...あぁ、そういうことか。しまったな...」
「どういうことです?」
「これはおそらく『転送事故』だ」
「『転送事故』?あのー、聞き取れないんですけど」
「ああーつまり、『転移』魔法が失敗したことによる、副作用みたいなものだ。おそらくだが」
「...すぅー...くぅ...」
まわりが丸焦げにも関わらず、ヴァルは寝ている。まじまじと寝顔を見るのはそう珍しいことでもないが、
「うーん、かわいい」
改めて眺めるとかわいいじゃないか。
「聞いてるのかコイツ!?兎に角。これは見かけよりヤバい状況かも知れないぞ」
「え?というと?」
イヴの顔にかなりの深刻さが伴っていたので、真剣に聞いてみる。
「ヴァルドボルグの奴、さっきお母さん、と喚いていたな。」
「え?あぁ、まあ確かに」
「なるほど。ということは...『転送用の亜空間に記憶が残存してしまったんだ。これは取り戻さなくては』」
「地球語出ちゃってますよ!つまりどう言うことなんですか!」
「私たちの世界ですら、『転移』を完全に操るのはまだ難しい、ということさ。彼はその失敗によって記憶の一部が吹き飛び、子供に戻ってしまったんだ」
「えぇ?!?ヴァルが?ってことは、今までの僕たちの思い出は?」
「このままでは、なくなってしまうだろうな」
「そっ、そんな!じゃあいったいどうすれば!」
「安心しろ。『転送空間に突入し、彼の意識データを』...いや、とにかく彼の記憶を取り戻す術はある。ただし急ぎ足でやればミイラ取りがミイラになってしまう。時間は掛かってしまうが、確実に彼の記憶を取り戻す。それにもう一つ問題が」
「何だ?」
「私はその間、こことは異なる別の空間に侵入して活動せねばならない。それまでの間、彼のおもりをしてくれ。だって、この世界が吹き飛んだら困るだろ」
「それは構いませんけど...ずっと寝かせておけば良いんですかね」
「それだと彼の命が危ないだろう?『強制睡眠』を長くかけ続けることには相応のリスクが伴うんだよ」
「じゃあ、どうすれば?」
「アイツは賢い。なんとか今の状況を説明して抑え込ませろ。それと...うん。状況次第では応援も寄越せるかもしれん」
「えっ、それってどういうことです?」
「そのうちわかる。あまり期待せず待っていてくれ。では善は急げと言うことで私は『亜空間』に急ぐよ。『亜空間強制解放』」
空間に歪みができ、エメラルドグリーンの神秘的な空間が姿をあらわす。
「転移空間...ヴァルがよく話していた、イヴが帰るときの景色に似ている」
「じゃ、あとは頼んだ。よっこらしょ」
空間にできた歪みを跨いで、イヴはその異空間へと足を...って!
「ちょっと待ってくださいよ!この状況で一人にする気ですか?」
「だから言っただろ?応援をよこせる"かも"って。それに、お前以外に誰かを付き添わせれば、その端から死んでいくことは目に見えている。なんとか頑張ってくれ」
「そっ、そんな殺生な!待っ...」
グニュ、となんとも言えない音がして、異空間への入り口が閉じられる。
「参った...」
瓦礫で作った屋根の下、ヴァルはこちらの事情などつゆほども知らず、幸せそうに寝息をたてていた。
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