第十三話 子守り

「んー...むにゃ...」


「むにゃ、ねぇ。子供...子供かあ」


そうは言っても、どのくらい時が戻ってしまったのだろうか?お母さんと嘆いていたことから、五歳程度か?だとしたら、ヴァルはいきなり知らない場所につれられてきて、訳もわからずいきなり眠らされたということになるな。


いや、そもそもまず僕のこと誰だかわかんないんじゃないか?


「考えても仕方がない。解呪しよう」


「...ん...はっ!!」


ぱちくり、とまばたきをしたヴァルが周囲を見渡し、続けてこちらを睨む。


「お前誰だ!!俺様は覚えがないぞ、汚らわしい狼人め!!っていうか...俺様、声低いし!!体デカイし!!どうなってんだよぉ、説明しろ!!」


「あ、あのねヴァル...じゃなかった、ヴァルドボルグ13世様。これには深いわけが...」


「これは夢だ。そうだ、夢に違いない...うりゃ!!」


「ぐぇえええ!!!」


ヴァル、魔力のコントロールができてない。それでいて力量は大人なのだから、参ったものだ。


「いてぇ...」


吹き飛ばされて仰向けにさせられ、青空が見える。


「こりゃ、随分と手間のかかる子だ...」


「ええぃ、早く終わってしまえ、こんな夢!どりゃ!」


「ひぃいいいい!!!」


爆発が、倒れている場所の周りで次々と起こる。冗談抜きで死ぬって!!あっ、毛が焼け焦げた。熱い!!


家で研究をしていた僕と違って、アイツはずっと外を駆け回ってきたんだ。


「15年前とは、力に決定的な差があるな...」


目の前の子供は、ある意味、とても恐ろしい魔王に見える。


「聞いてくれ、ヴァルドボルグ13世!僕はこの状況を君に説明できる!一度聞いてはくれないか?」


「うるさい!突然起きる異変の類いは精神魔法が原因であることが大半だって、お城のみんなが言ってた!従っちゃ駄目なんだ!」


「それは正しい判断だけど、今だけは違うの!もぉおおお!!!」


色とりどり、いろんな魔法が、上から、時に回り込んで正面から、或いは突然地面から襲ってくる。彼自身の無尽蔵な魔力から、留まることなく次々と魔法が繰り出される。


「待て、お前がこの状況の原因なんだろう!どこの誰だか知らないが、ここで死んでもらう!」


いてぇ!これじゃあ埒が明かない。会話は平行線だし、イヴは帰ってこないし、もう...頼む...頼むから...


「頼むから話を聞いてくれぇえええ!!」




------




所変わって、ルーハ郊外の小高い丘にある、宿泊用の小屋が数件集まった質素な宿場町の、とある一室。


「うーん...」


「何、リング。思い詰めてるような顔だよ」


椅子に座って紅茶を飲んでいるリングはぼんやりと窓の外を眺めていた。


「いやぁ、あのさ。俺たちをつけてきたヴァルドボルグ先生って、今何してるんだろうなと思って」


「大陸を動き回っているんじゃないかな?あの人、忙しそうだし」


鞄から出した宿題を解きながら、背を向けたままファニーが応える。


「そうかなぁ。なんかあの人、ともすれば俺たちに着いてきそうな雰囲気だったぞ」


「まさか。僕たちにそんな時間を割くほどの暇があるとは思えないなぁ」


「だよなぁ。今、どこを駆け回ってるんだか」


リングは紅茶を飲み干して、また視線を窓の外に向けた。




------




「もう勘弁してくれ...」


15年ぶりだ。もう後が無いくらいまで追い詰められてしまった。


「ようやく観念したか、悪魔め。お前の息の根を止めて、俺様は魔王城へ帰るからな!」


魔王でも悪魔め、とか言うんだ。


いやいかん、気を許している相手だからと言って気を抜いては。本当に死んでしまう...


「くたばれっ!!」


大降りの魔剣が、倒れこんで仰向けになっている僕の頭部へ。


ああ、走馬灯が見える---




「なあ、ロウ」


「何だい」


「...こんなしょうもない死因でいいわけ?」


目の前には、"大人の"ヴァル。


あぁーそうですか。もう死に際でこういう都合のいい幻覚とか見えちゃう段階ですか。


「いやいいわけないだろ!しかも死因お前だし!!」


「だよなぁ」


取って付けたような真っ白な空間に、腕組みをして頷くヴァル。


「うん...いや、だよなぁじゃなくて。どうにかならないわけ?」


「いや、もう俺にはどうしよもうないな」


開き直った爽やかな笑顔で、ヴァルはそう告げた。


「そっ、そんなぁ」


がっくし。今際の際がこんなのかぁ。


「ああ。けど、助っ人が間に合いそうだぜ。良かったな」


「え?」


そう言ってヴァルは、剣を振り下ろすヴァルを指差す。


「今来るぜ」




------




キィン!!


剣が剣を受け止める、金属音。


「ヴァルドボルグ様。おいたが過ぎますぞ」


「まさか...貴方は...」


格調高い黒の軍服、赤い鱗の竜魔族。間違いない、あの人だ。


「久しいですね。勇者ロウ」


そこにいたのは、軍人シルバラ。


二対の銀色の刀のうちの一本で、ヴァルの刀を受け止めていた。

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