第十五話 不穏
「中々、賑やかになってきたね」
青空が広がり、太陽が真上から照らす時刻。とりとめのない会話の最中、隣で歩いているリングが話題を変えてきた。
「ああ。今のサーマって、本当に開発が進んでるんだな」
かつて数多くの冒険者の行く手を阻み、命を奪ったとされる森。現在は大陸の高原を大回りする迂回路の他にも、帝国シキによって切り拓かれた森を突っ切るルートがある。
「そろそろだ。あと一キロも歩けば着く」
なだらかなルーハ郊外の、疎らに家が建っている農地の向こうには、新設された関所が見える。そして、その周囲には宿泊施設が所狭しと並ぶ。
「結構デカイな!宿場町」
「うん。凄いね、建物が全部新しい」
シキの国旗が掲げられたその関所の膝元には、デカい街が広がっている。授業で聞いたところによれば、15年前は迂回路の方が旅人には使われていたようで、ここには何もなかったと聞く。
「さ、行こうぜ...ん」
後ろから、二人ぶんの足音。
「うわぁ、凄く嫌な予感が...」
「嫌な予感とは失礼だねぇ!!」
声でけぇよ。距離が離れてるから仕方ないけど。
「そんな距離感で話しかけてくんな!てか、なんでさっきの小声聞こえてんだよ!」
「ここには遮蔽物がない!そのくらい、風に乗って聴こえてくるってものさ!」
赤髪野郎が、走って近付いてくる。そこに、白髪の方も必死に追従する。
「なあファニー」
「ん?」
ぽけっとした顔のファニーの後ろに回る。
「しっかり捕まってろよ」
「へ、何を...」
抱き締めて、魔法でがっちり固定する。
「翔ぶんだよ!アイツらを巻く」
「へぇっ!あっ、ちょっと」
地面を蹴り、畳んでいた翼を広げる。ちゃんと飛ぶのは久々だが。
「あーらよっと」
なんとか、なるもんだな。
「あっ、ああ!飛ぶのはずるいぞ、飛ぶのは!!」
「かっこいい...」
「かっ、かっこいいとはなんだかっこいいとは、ホワイト!」
そんなことを言っている紅白コンビとの距離が、どんどん開いていく。下は、地面が遠くなり、翼からの風圧が新緑を舞わせる。そして前方ははるか地平線まで視界に収まり、この星の丸みを感じられる。
「へへっ。いい気味だぜ」
ふと、思い出が甦る。
「あの時と、同じか」
「あの時って言うと、あの時だね」
「ああ。俺たち、五歳とかだったっけ」
小さな頃、飛ぶことができるようになってすぐ。調子に乗った俺はファニーを抱っこして、一緒に飛んでほしいとせがんだ。
その時も今と同じように空は青く、ルーハの隅っこの村暮らしだった俺たちは平野部の賑やかな街を上見て、目を輝かせていた。
「えっと...もしかして、あんまり思い出したくなかった?」
「まさか。俺は楽しかったよ。...痛かったど」
ファニーが言っているのは、たぶんそのあとのことだ。誰かを抱えて飛ぶことに慣れていなかった俺は空気の流れを読み間違えて、コイツと一緒に地面に落っこちてしまったのだ。
「それは同感。本当に痛かった」
「ごめんて」
「ううん。いいんだ。僕は、それ以上に君が心配だった。落ちる瞬間、こっちを庇って気を失っちゃったから、必死に回復魔法をかけた。怪我の巧妙って奴だね。おかげで、今の僕がある。だから気にしなくていいよ」
「...ああ」
その後、村に帰った俺はこっぴどくしかられた。主に俺だけが。
魔族だから、ファニーを殺そうとしたのではないかと、人間に疑いを掛けられたのだ。
けど、ファニーはその時も俺を疑うことなく、むしろ反論してくれた。
「...痛いんだけど?」
ファニーがこちらを振り向いて、反論してくる。
「安全のためだ。だってお前重いんだもん」
「君ほどじゃないでしょ?あ、当時の僕に比べてってことかな」
コイツ、俺が若干太りぎみなのわかってて...
「全く。もう落としたりしないから安心しろよ」
「そう?信じてるからね」
「それホントに信じてる口調か?」
「うん。えっと...九割くらい信じてる」
「えぇ!?じゃあ後の一割は何なんだよ!オラッ、こちょこちょだ」
「ちょっ、ちゃんと抱いといてよ!危ないんだから!」
目の前には、真昼にも関わらず暗黒に覆われたサーマの森が広がる。戯れもそこそこに、安定した飛行し姿勢に移る。
「あれが、越えるべき難所なわけね」
「そう...あっ、そろそろ高度下げた方が良いんじゃない?関所が近いよ」
「オッケー」
どうやら、あの紅白コンビは巻けたようだ。これなら、手続き中に追い付かれることもないだろう。
「よし。あれ、ファニーお前」
普段の、白によってる毛並みの奥の肌の部分が、いつもより若干色付いている。
「なんか顔赤くね?風邪でもひいた?」
「えっ......あっ!!きっ、気のせいじゃないかな!?」
どうも、風邪ではないらしい。
「リアクションでけぇな。変なやつ...」
あわあわと口のまわりで手を動かすファニーの手を引いて関所まで引っ張っていく。真新しい木材で組まれた扉のまわりに、人間の衛兵が八人。...八人?
「なんか、物々しいな。入り口にパッとみえるだけでこんなに...?」
しかも、見たところ階級の高い強者揃い。
これは、まさか。
「あのー、俺たち、キーアに向かいたくて...」
「そこのもの、魔族だな」
こちらの会話をぶった切って、屈強な衛兵の男がこちらを見下ろす。
「ええ、まあ見ての通り魔族ですが」
「お前の侵入は認められない」
淡々とした口調で、そんなことを告げられた。
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