第二十五話 思い出との闘い

『アップル。どうかな』


『うーん、似合います。さぁ、急ぎましょう!』


対データ戦闘用の特殊スーツ。体にぴったりと密着する機動性の高いシルバーのモノだ。


『作戦は?』


『あれの首を落とします。ご存じのとおり、ここは思考とデータの渦巻く混沌の世界。空想上の生物の形をなした恨みとはいえ、首を切り落とされることは生命体にとって致命傷であるという思考回路は備わっているはずです』


『じゃ、それでいこう』


イヴは、使い慣れた刀を。


アップルは、チェーンアレイと小刀を出現させる。


『さ、やりますか』


『はい!!』


「ガァアアアアアアアアア!!!」


『はっ!』


『よっ!』


八本の首からのブレス攻撃。重力のないこの世界は、本人の力量によって上下感覚が決まる。


『やはり、我々ほどの理性は無さそうですね』


『ええ。でも』


「ぐああぁっっ!!」


『くっ!』


『よっ!!』


攻撃をよける。メークンの思念龍が、"天井"の方向に見える。


『予想通り...いえ、予想以上に攻撃力が高いな』


『当たれば致命傷ですね。でも、大切な人のデータなんですよね』


『...ああ。大切な人の』


『なら、ゆっくりはできませんね。さあ、行きましょう』


ヴァルドボルグが弱体化したとなれば、何かしら良くない勢力が動き出している可能性も考えられる。そういった意味でも、ゆっくりしていられない。


『頸を、取る!!』


自由自在に地面を"イメージ"し、接近戦を仕掛ける。メークン思念龍の超巨大な肉体が、


「ヴァルd....ボル...ガァアアアアアアアアア!!!」


意識が、固定化されてきている。


『くっ...』


スーツの端が焼け、肌が一瞬露出する。


『痛い...中々の強さだ。だが!』


繰り出される、高速の斬撃。


続けて、チェーンアレイによる超速度・超重量の打撃。


『捕った!!』


『やりました!!』


八つある首の一つが吹き飛び、その断面から、オレンジ色の、デジタルチックな血液が飛び出す。


『この調子で!』


『ああ!』


「グァアアアアアアアアアアア!!!」


『二!』


『三!』


『四、五、六...』


『七、八!!』


捕った!!これなら、コアパーツが...


「ぐ...ガァ..ア」


『喋っている!頸を全て捕ったのに...』


『本番はここからですよ、イヴさん!第二形態です』


『判った...!』


吹き飛んだ首と血液が、ぐちゃぐちゃになってコアに取り込まれる...。すると、解像度の低かった肉体が、今度ははっきりと姿を成す。


「ヴァル...ど......ルク...殺...す」


彫像を彷彿とさせる、ゾッとする肉体。その胸の中に僅かに、黄金の輝きが存在する。


「あれは最終形態のメークンに似た形。ヴァルドボルグに切り伏せられた...グァッ!』


言語が混じってしまった...いや、そんなことはどうだっていい。


切られた。


恐らく、勇者ロウが受けていた無詠唱の斬撃!


『少しずつ、元来の奴に寄っている。早く、倒さなければ』


『イヴさん、避けて!』


『おっとお!』


イヴの頭上を、凄まじい金属音をしたアップルのチェーンアレイが通過し、メークン思念龍第二形態の眼前へ。


「...!」


『何っ』


静止した!防御されたんだ、奴の力で!!


『攻撃を防ぐ脳まで備わったか...ならば!』


高速接近から、足元へのなぎ払い。


「...ヴァル...ど...オォ!」


『翔んだ!』


翼を用いた立体的機動。動きの自由度も、最早こちらと遜色ない。


「ヴァルドボルグ...グァアアアアアアアアアアア!!!!」


『くっ!』


『うわっ!!』


凄まじい衝撃波が、メークン思念龍第二形態のコア部分を中心とした円を描いて放たれる。


『だっ!』


『ぐうっ...』


"壁"にぶつかり、強烈な痛みを感じる。


『あっ...あれはまさか』


「...ようやく。私は力を手にいれた。いや、取り戻したのだ」


『メークン思念龍...第三形態』


先程とはまた変わった形になった。その肉体は、形そのものはかつてのヴァルドボルグ13世に酷似している。しかし表面には、怒りを思わせる赤いラインが血液のように走っており、生理的嫌悪を伴う禍々しさを纏う。


まさに、空間の『バグ』だった彼の姿は、最早こちらと遜色ない姿になっていた。


「...漸く戻ってこれたと思ったら、奇妙なこともあるものだな。...どうやらまだ、肉体は獲得できていないようだが」


手を握ったり開いたりしながら、メークン思念龍第三形態、略してメークンは自らの電子の肉体を興味深そうに見つめる。


「メークンめ、意識を取り戻したか。ならば私の手で完全にシャットダウンするまで!」


『え、何て!?そっちの言語なんてわかりませんよぉ!』


『案ずるなアップル。ここからの会話は自動翻訳システムによって全てわかるようにする。...メークン!惨たらしいぞ。ヴァルドボルグはお前のものではない!!」


システムの起動によって、三者の会話全てが通じあうようになる。


「お前のものではない?よく言う。ここの記憶の断片が物語っているぞ?貴様が、我々魔族を産み出したんだな。最低の、クズ女」


メークンは余裕の表情で、仕掛けてこようとすらしない。


「何とでも言うが良いさ。私は正真正銘のクズだが、そのままで前に進むと決めたものでね!」


急接近から、頸を取りに行く。


「遅い」


「なっ...!!」


手のひらで、剣が握られ、受け止められていた。


「私は踊らされていたと言うのか?貴様に。許さんぞ、イヴ...殺してやる」


「うぁあああああっっ!!!」


まずい、身体中が切られた!


痛い、痛い...クソッ!!


「イヴさん!!さ、下がっててください。ここは私が!!」


アップルが変則的な軌道を描く移動から、小刀を取り出し脳天に垂直の一撃。


「早い。これならば...」


「グッ...ふう。やるな小娘。しかし足りん」


「うぁっ...きゃあ!!!」


「あっ、アップル!!」


ナイフは一センチにも満たない傷を作っただけとなり、逆にアップルはメークンから見て頭上の方向に吹き飛ばされた。斬撃によって無数の切り傷がつき、破けたスーツの断片が空間に舞い散る。


「...まだだ!!」


スーツを復元し、歪んだナイフを再構成する。


「貴様が肉体を得て地上に帰るなど、私たちの総意が許さん!ここで完膚なきまでにシャットダウンし、生意気にもお前ごときが持っているその意識データを取りかえさせてもらう」


「ほう。いいのか?ならば、このデータをここで潰してやってもいいんだぞ」


「馬鹿言え。この空間に対する知識の質も量も、お前よりも圧倒的に私や、特にアップルが優れている。そのデータを人質にとれるような状態ではないはずだ!」


「...ハッタリも効かないとはね」


メークンもまた魔法で剣を生成、打ち合いが始まる。隙を見て放たれる不可視の斬撃も、だんだん防げるようになってきた。


「ここで決着をつけさせてもらおう」


「できるかな?神を気取る一人間が!」


激しい金属音が、空間に鳴り響く。














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