第二十六話 ヴァルとの闘い
「闘いなさい、ヴァルドボルグ13世!そいつは敵よ」
「ヴァル!!」
「いけませんロウ様、冷静さを失っては!」
「...テ...キ...」
「ヴァル!!お前は良いように操られる魔族じゃないはずだ!!誇り高き、ヴァルドボルグの血に連なる者の筈だ。そうだろう!!」
「...タオス...」
「ヴァル!!!」
ギンナの高笑いが響く中、虚ろな目をしたヴァルドボルグはその右手を正面に構える。操られた肉体の筋肉の動きはカクカクといびつであり、それが、ロウの心をいっそう抉る。
「『ヴァルドフレイム』...」
ゴオッ!!
辺りが一瞬、白い炎に包まれる。
地面が抉れ、草木は一片すら残らず燃えかすになった。
「おほほ...おーほっほっ!!なんと素晴らしい力!!これだけの力のやり取りをしておきながら、まだ二人は立てている!!!」
「仕方ない。ロウ様、こやつは私にお任せを!そちらは頼みます!!」
だが冷静さを失ったロウにはその言葉が届いているのか居ないのか、それすらよくわからない。
「...なあヴァル、俺だ!!気付いてくれ...」
一方でシルバラは二本の刀による連撃を、容赦なくギンナに浴びせる。
「ふっ。貴方も相当強いけど...ロウほどじゃないわね」
「年の功を、なめて貰っては困ります」
「さて、いいのかしら?お連れさんは武器を捨てて戦うべき相手に抱きつくほど、理性を失っているようだけど」
「彼にとってヴァルドボルグ様は戦うべき相手などではない!貴様がそれを歪めたんだ!!」
「あら心外。魔族の本質を歪め無理やり社会に馴染ませようとしているのはあの二人ではなくて?私の掲げる魔族の居ない未来こそ、合理的で平和的な未来の形。そうでしょ」
「聞き捨てなりませんな。命の価値は等しく同じなどと演説する気は無いが、私はそうは思わん」
「それは貴方が魔族だからそんなことが言えるのでしょう?お気楽なことね、魔族は産み出された存在でしかない。本質に従おうが外れようが、未来に待っているのは苦痛に満ちた運命と悲劇だけ。それなら、生きている価値なんて微塵もないわ」
「価値でしか命の"価値"を測れない愚かな若者は!!...今ここで私が仕置きをせねばならないようですね」
「老害め。早くくたばるが良い。...そろそろ、効いてきた頃じゃないかしら」
「効いてきた?一体、なんの、こと...」
シルバラはここで気が付いた。全身に走っている、僅かな違和感。
妙な倦怠感と、僅かなからだのしびれ。
「今さら気が付いたようね。そう...あの兵士たちは無駄に殺られるためだけに用意したわけではないわ」
「...まさか」
「剣撃のみならず、殺さないために素手による接触を試みたのが失敗ね。動きが、鈍くなってるんじゃなくって?」
「ぐっ...ならば早期に決着をつけるまで」
その動きは、まだ常人のそれより何倍も、何十倍も早い。だが、少しずつ見切られるようになり、ギンナの眉間に僅かによっていたシワがすっかりなくなる。
「...あら。この程度でしたら余裕で捌けましてよ?最初から本気を出していれば、こんなことにはならなかったでしょうに、ね!!」
「ぐほっ...」
ハイヒールからの隠しナイフを用いたキックが、シルバラの腹部に炸裂する。地面に平行に吹き飛ばされた肉体はそれでも体幹を乱さず、剣を地面に刺して勢いを相殺する。
「...まだまだ」
深い傷口が塞がり、一瞬にして再生する。それを見ても、ギンナは動じない。
「調べあげておりましてよ?再生能力に長けた魔族の名将、シルバラ。貴方は死んだとの記録がありましたが...でも。毒が回ってくればそれも続けられなくなる」
「馬鹿な...」
ハッタリかもしれない。いや...実のところ、体感でわかるほどには再生が遅れている。腹部への刺し傷程度なら、それこそあっという間に済む筈だ。にもかかわらず。
「焦りが見えましてよ?貴方も判っているのでしょう。回復の遅れが」
地面に刺していた剣を引き抜き、歯軋りと共に睨み付ける。
「貴様程度に遅れはとらん。なんとしても、ヴァル様を守り抜く!」
「はたしてそれが叶うかしら?毒が回っているのは勇者ロウも同じ事。事前に兵士たちにかけておいた、感染型弱体化魔法...兵士たちに分散させることで悟られないようにしたの。さしものロウでも、もう遅いわ」
「感染型...?まさか、兵士たちに要らん負荷をかけてまで、そんなことを...!」
「あら。兵士と言うのはどのみち戦地で死ぬの。その命を気にかけたところで、はたして当人たちが喜ぶかしら?名将シルバラ!」
「ゴフッ!!」
仕込み刀の入ったヒールによる、連続回転蹴りからの、勢いにのったそのままに叩き込まれる心臓への一撃。
「ぐっ...」
戦いによって躍動する心臓から一気に血が吹き出し、さしものシルバラの顔も歪む。
「綺麗でしてよ。血の色も鱗の色も、鮮やかですのね」
「この...クソ女ァ!!」
胸の傷がゆっくろ塞がり、口の中が全て見えるほどにシルバラが叫ぶ。
「お前ごときのために、ヴァルドボルグ様の心にまた傷など作らせん!!」
「掛かってきなさい!どうせ無駄でしょうけどね!!」
対決する二人。その後ろでは、ロウが既にボロボロになっていた。
「...ヴァル...目を...覚まして...」
光を失った目をしたヴァルドボルグは無言で、足元に惨たらしく倒れてなおすがり付いてくる"敵"を足蹴にし、また、魔法で体に穴を開ける。
その体はシルバラから譲り受けた魔法によって塞がるが、そのスピードは遅く、既にロウの周りには血溜まりができている。
「限界でございます、ロウ様!!ここは撤退を...」
「よそ見してる暇なんて、ありまして!?」
足技と剣技がぶつかり合う最中、ヴァルは踏みつけたロウを見つめる。
「君は強くなったね...完敗だよ」
振りつけるにわか雨が、ロウを濡らし、汚れも血も全て混ぜてしまう。
「あの時とは、まるで逆だ」
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「諦めろ、イヴ。そして...名も知らぬ人間」
メークン思念龍第三形態の猛攻が、完全に二人を圧倒し。そして...彼女らは重力のない空間に放り出されていた。
「諦める...か...」
ボロボロになったスーツを整え、イヴは方頬をあげて笑う。
「私はね。クズだが、諦めだけは悪いんだよ」
「ほう。一体なんのために戦う?この私の持っているデータが、かつてのお前の恋人の断片を持っているからか?」
参った。そこまで知られていたとは。
「それも...あるな。アダムは私にとって大切な人だ」
「滑稽だな。そこまでして過去の亡霊を求めるか?独り善がりに我々の世界の生き物を弄んで、その貴様の最期がお前の大好きな魔族の手による死とは」
高速接近したメークンの魔力の刀が、私の首に。
反射的に防御を展開するも、徐々に押され始める。
「とんだお笑いだな」
「お笑い?お笑いはお前の方だ、メークン」
「何ィ...?」
「その魔族のデータを持っていながら、お前は何もわかっちゃいない。ヴァルドボルグ13世は確かに私にとって過去の亡霊であり、恋人の断片だ。だが!」
「ガアァッ...」
キックをメークンの目に直撃させ、弾きとばす。
「彼は、一人の生き物だ!私なんかが作った理を越える!!ヴァルドボルグの力だけを見ていたお前にはわかるまい!!」
「き......さ......まァ、どこにまだそんな力が!!」
倒れていたアップルも、ニヤリと笑って立ち上がる。破れてはだけたスーツの襟をただし、イヴと目配せする。
「さあ!作戦通りいきますよ!」
「ああ。思いっきりな!!」
二人は、大きく息を吸う。
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