第十話 夜

「ただいま~」


「あっ、おかえりヴァル。帰ってこれたの?」


「うん。色々、イレギュラーがあって。『転移(ワープ)』で帰ってきた」


「『転移』?そりゃまた無理したね。疲れたんじゃない」


ロウは相も変わらず軽装で、大きめの上着を一枚被ってなにやら書類を書いている。


「うーんそうなんだけどね。寝る前に、伝えたいことがある」


「え?何告白?」


そう茶化してくるので、後ろから抱きついてみる。


「それは15年前にもうやったでしょ。まず一つ。きみも北部高原のリベリオンの鎮圧に協力してほしい」


「鎮圧?鎮圧って、僕も戦うってことだよね」


ロウはこちらのしてきたことにたいして驚く様子もなく、左腕に顔をすり寄せてくる。


「うん」


「なるほどね...別にそれは構わないけど、君はたぶん、誰一人殺さないつもりだよね?」


「もちろん」


「...だよねぇ」


「悪いか?」


「ううん。ただ、ずいぶん無茶ぶりをするなと思っただけ。あ、ほらこれ」


瓶に入った、青い錠剤。半透明で、宝石のような。


「今週分のね」


「応。ありがとな。それと、もう一つ頼みがあって」


「んー」


「学校が、リベリオンの襲撃を受けた」


「...ルーハまで来てたの」


「そう。今は、大陸は緊張状態にある。ダラブエルゼにも、国防強化をお願いしてきたところだ。それでなんだけど...そんな状況下で生徒たちが北上するとのことだ」


「まさか、その生徒たちを守ってほしい、なんて言うつもりじゃあ...」


「そのつもりだよ」


「全く。無茶苦茶だね。僕だって色々とやりたいことがあるしそれに...」


「ただいま~。お邪魔するよ諸君」


はぁ、イヴ?


「お前、まだ居たのか!」


「だって、よく考えてもみればこの世界に私の拠点はないわけだし。そこで、そこの狼人君に頼んだところ、快諾してくれた」


「て...てめぇよくもいけしゃあしゃあと...」


「代わりと言っては何だが、買い出しをしてきた。私の世界にはないモノや、逆に似通った食べ物もある!科学者の血が騒ぐぅ~!」


な、なんて迷惑な奴!!


「いてもいいけど...約束通り三日で帰れよな。てか、大体快諾したロウもロウだ!なんでコイツを!」


「朝にもいったでしょ?折角だから情報交換をしようかと思ってね。この人を下手に、他の宿に泊めるわけにも行かないしさ」


「極力二人の時間の邪魔はしないよ」


「そうは言っても気になるだろーがよ」


「そう?僕はそうでもないけど」


ロウはこんな時でも、容赦なく引っ付いてくる。ちょっとでも恥ずかしいとか、思わないのか?


「もう。仕方ねぇ、ご飯にするぞ」


「よしきた。今日は僕が作る」


「頼むぜ」


そして、ロウがキッチンに移動したことで、リビングのテーブルでイヴと二人に。


背後からは、肉をタレにつけて焼いている音がする。


「しかし、恐れ入ったよ。まさか魔族の本能を抑制する薬を開発されるなんてね。はっきり言って、想定外だった」


「ああ。ロウってやつは、どうやらお前にとってあらゆる点でイレギュラーだったようだな」


背中を向けるロウの尻尾が、ゆらゆらと左右に揺れる。あぁなっているとき、アイツは機嫌がいい。


「ん?嫉妬かな、ヴァルドボルグ。彼、私から色々と話を聞けて嬉しそうにしていたよ」


「ちぇ。誰がお前なんかに」


嘘だ。ちょっと...いやかなり妬いている。ロウの尻尾フリフリは、そう滅多に見れないのに。


「君は相変わらず誤魔化すのが下手だなあ」


「何だ?腹に『死神閃光』してやろうか」


「君みたいなあまっちょろい奴が、そんなことはしないだろ。最低なクズの私と違って、君は...優しいからな」


「は?」


思わず、心の底からの"は?"が出てしまう。無理もない、急にそんなこと言われても反応に困るし。


「フッ、三割冗談だ」


「じゃあ残り七割は」


すると、頬杖をついて灯りのついたキッチンを眺めていたイブはこちらを向いて笑い、


「わざわざ言う必要があるか?ほら。もう出来たみたいだぞ」


そう話を逸らした。


「はいお待たせ!ソラクジラの野菜炒めでーす!」


醤油のタレの良い匂い。俺たちにとっての思いでの味の、アレンジレシピだ。一口サイズの角切りにしたソラクジラを、葉野菜と一緒に強火でサッと炒めれば完成。


「これが、この世界の空に群生するソラクジラの肉か。実物を食べるのははじめてだ」


ああそうか。こいつは長い間この世界に居はしたが、やっていたのは観測だけだったか。


「今時期、夜空に見えるかもな」


「ほう!それは、何時頃だ?」


「ソラクジラの出現位置は予測が難しいんだよ」


「なるほど。『イルカ』か、或いは『虹』みたいなものか」


「...今明らかに地球言語喋ったよな?」


「なんなら、意味も教えてやろうか」


「あっ、それ気になる」


「おいロウ?何ワクワクした顔で聞いてるんだよ...と言いつつ俺も気になる」


大皿を囲んだ三人の食卓での時間は、思ったよりも早く過ぎていったような気がした。三人前にしては多かった炒め物は雑談を挟みながらも順調に減っていき、最期の一口分になる。


「それで、イヴさんの世界にはソラクジラに似た生き物が居るんだよね?その、『クジラ』だっけ?発音」


「当たり前だけど、全然発音が違うんだな。あ」


全員の視線が、その最後の一塊に向かう。


「ええっと。誰か食べる?」


ロウが手振りをつけて提案し、


「んー、私は遠慮しておこう。お世話になっている立場だからな」


イヴがジェスチャーで遠慮の意を示す。


「じゃあ、ヴァルどうぞ」


「応。ありがたく頂くぜ」


そんな何てことのないやり取りを挟んで、俺たちは布団に向かった。例によってイヴは寝室から一番離れた部屋で、適当に寝かせることにする。


「...殺害せずに説得をするんだよね」


「ああ」


「でも、いいの?彼らが生きていれば、また学校や街の人たちが襲われる。そうなれば、人を襲わずに生きている魔族の立場だってあやうい」


「ああ。わかっている。だがな、ここでリベリオンを殺すのは、長い目で見て悪手だと思ってる」


「そうかもしれない、けど...」


「けど?」


「同族を庇っていると君のことを揶揄する人も少なくない。僕はそれが耐え難いよ」


「...なんでお前の方が寂しそうなんだよ。大丈夫だ」


抱きついてくるロウの頭を撫でる。


「心配ない。少なくとも俺は殺られはしないし、何より、俺たちには時間がある。そうだろ?」


すり寄って、胸に顔を埋めてきたロウが頷く。


そのままいつものように互いを確かめあって、その日は眠りに落ちた。


そして、朝。


すやすやと寝ているロウを尻目に、急いで服を着込む。


「さて、行きますか。北部へ」












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