第11話 バイバイ(その1)

 四台のロッカーに囲まれて、フィーマの胸元に後頭部を預けた環士は防犯ブザーを聞く。

「耳障りだ」

 ささやいたテレインが全身に微細な紫電を走らせて電撃状衝撃波の発射態勢に入る。

 そこへ――。

「ここって……どこ?」

 フィーマの背後で開いたロッカーの扉から半身を覗かせているのは、淡い光を放つドルド丸のアクリルキーホルダーを握りしめた紗登子だった。

 紗登子は目の前に立つフィーマを見て、ぎくりと硬直する。

 しかし、そのフィーマが支えているのが環士であることに気付くと、慌ててロッカーを飛び出す。

「環士くん? どうして」

 そして、顔を上げる。

 紗登子と目があったフィーマがぼろぼろと涙をこぼす。

「サトコ……」

 名を呼ばれた紗登子は、これが誰なのかを瞬時に悟る。

「もしかして……風羽子ふーちゃん?」

 頷くフィーマを見てぽかんと呆気にとられる紗登子だが、すぐに我に帰る。

「あ、えっと、そうそう。これって防犯ブザーの音?」

 差し出した紗登子の手に、環士を抱いたフィーマが胸元から鳴り続けている防犯ブザーを片手で取り出し渡す。

 テレインは戸惑っている。

「この女はプリンセス・プラージュ。なぜここに」

 一方の紗登子はフィーマの防犯ブザーを止めることに集中して、テレインの存在に気付いていない。

「えっとねえ、これは確か……。あれ? こうだっけ?」

 そんな紗登子を見ながらテレインがじりじりと後ずさりする。

 その背後で別のロッカーが勢いよく開く。

 中から出てきたのはマリイ。


「マリイ、よく来た」

 テレインはマリイの背後に身を隠し、なんとか防犯ブザーを止めてほっとする紗登子を指差す。

「プリンセス・プラージュが現れた。早くなんとかしなさい」

 その声に紗登子とフィーマが目を向ける。

 視線を受けたマリイは無言のまま、両手で抱いているサッカーボールほどの結晶を紗登子に“ほらよ”と投げ渡す。

 それがなんなのか、マリイ以外には誰一人として想像もつかないまま全員が結晶を目で追う。

 結晶が空中で弾けた。

 中から現れたのは――ドルド丸。


「ドルド丸っ、ドルド丸っ、ドルド丸っ」

 慌てて抱き留める紗登子にドルド丸が――

「あれ? 紗登子、どうしたマル?」

 ――そう言って周囲を見渡す。

 そして、慌てる。

「こここここはグマイジア時空マルっ。いいいいいつのまにっ」

「落ち着いてっ、ドルド丸」

 ドルド丸が、なだめる紗登子を見る。

「落ち着いていられないマルっ。早くプリンセス・プラージュにっ」

 紗登子の全身が光に覆われ、プリンセス・プラージュへと姿を変えた。


 テレインが背伸びしてマリイの胸ぐらを掴む。

「マリイっ。なにをしている。いや、なにをしにきた」

 マリイは環士のよく知る不敵な笑みを浮かべて答える。

「まあ、マリイたちも親離れの時期かと」

 テレインが睨み付ける。

「親離れだと? 親を捨てるだと?」

 しかし、マリイは涼しい顔で。

「捨てるもなにも、最初からマリイたちとママとは別人格の存在。それを無視して、まるでマリイたちがママの一部であるかのような、あるいはママの手足であるかのような捉え方をしてきたママの方がおかしいわけで」


 そんなふたりを見ながら、のっぺらぼうのマスクだけを解除したプリンセス・プラージュの紗登子がつぶやく。

「なんか、揉めてるみたいだけど」

「なんでもいいから、やっつけるマル」

「やっつけるって誰を?」

「あの小さいツインテールだマル」

 プリンセス・プラージュの脳裏に夜の校舎がよぎる。

 あの小さいツインテールによってドルド丸は身体を裂かれたのだ。

「酷いコトされたもんねえ」

 “私怨からの報復?”とでも言うようなプリンセス・プラージュに、ドルド丸はいつものように手足をばたつかせて否定する。

「そうじゃないマル。あれがラスボスなんだマル」

 プリンセス・プラージュが改めて小さいツインテール――テレインに目を凝らす。

 どう見ても胸ぐらを掴まれている方や、涙目で環士を見下ろしている風羽子フィーマの方が強そうに見えるがドルド丸がラスボスだと言うならラスボスなのだろう。

「でも……だったら、強いんじゃないの」

 不安げなプリンセス・プラージュにドルド丸が胸を張る。

「プリンセス・プラージュなら問題ないマル。シャイニング・バーストの一発で終わるマル」

「そうなの?」

「シャイニング・バーストの威力はナメクジに塩、ハエにキンチョール、恐竜にゲッター線、悪代官に葵の印籠、バルタン星人にスペシウム、トリフィドに海水みたいなものマル。だから、あの夜にプリンセス・プラージュが赤潮男とダブルノックダウンして紗登子に戻るまでずっと出てこなかったんだマル」

 “恐竜”からあとがよくわからないが、ドルド丸が昭和のテレビや映画を見た履歴をタブレットに残していたことをプリンセス・プラージュは思い出して納得する。

「じゃあ、やってみる」

 プリンセス・プラージュが、まだマリイを掴んでいるテレインに向きなおる。

 気付いたテレインがマリイから手を離し、ストーンサークルへと逃走する。

 遠ざかっていく後ろ姿にプリンセス・プラージュが叫ぶ。

「シャイニング・バーストっ」

 ティアラから噴き出した光流がテレインの背中を直撃し、光塊となって全身を包み込んだ。

 その光塊から飛び出す人影がある。

「おっと」

 人影をマリイが抱き留める。

 気を失っているテレインだった。

 首から提げたマウントディスプレイを装着し、テレインの顔を覗き込んだマリイがつぶやく。

「ママが抜けている」

 フィーマが指差し、叫ぶ。

「あっちだ」

 全員の視線が向いた先で、白い煙塊がストーンサークルへと遠ざかっていく。

 その時、ドルド丸が気付いた。プリンセス・プラージュのジャケットのポケットから漏れる光に。

「紗登子、そのポケットに入ってるのって……」

「これ?」

 問い掛けられてまさぐった“ポケットの中身”を取り出す。

 出てきたものにドルド丸が息をのむ、フィーマの顔色が変わる、マリイが目を見開く。

 それがなんなんのかわかってない環士とプリンセス・プラージュだけが“?”と眉をひそめている。

「なんで持ってんだっ」

 叫ぶマリイへプリンセス・プラージュが反射的に答える。

「こ、これは今朝、優里から預かって――」

 それは池月家伝来の呪具――和鏡だった。

「――環士くんに相談しようと思って、一時間目が終わった休み時間に環士くんの教室へ行ったんだけどいなくて、昨日のことがあったから休んだのかなって思ったけど鞄があったし、その時、どっかから防犯ブザーが聞こえた気がして“あれ?”って思ったら、ポケットの中でドルド丸のキーホルダーが光り出して、引っ張られるまま地下の雑品庫へ行ったら奥の壁が黒くなってて……」

 あたふたと答えるプリンセス・プラージュにドルド丸が焦れる。

「あとで聞くマル。早く和鏡それを煙に向けるマル」

「こう?」

 和鏡を向けられた煙塊の動きが止まった。

 そして、次の瞬間、大絶叫とともに煙塊ママは和鏡に吸い込まれた。

 和鏡を覗き込んだドルド丸がプリンセス・プラージュを促す。

「鏡面に手のひらを当てるマル。早くっ」

 その勢いに押されながらプリンセス・プラージュが手のひらを当てる。

「えっと、これでいい?」

 プリンセス・プラージュがかざした手のひらと鏡面の間に光が溢れる。

 ドルド丸がほっとしたようにささやく。

「もう大丈夫だマル。離していいマル」

 言われるまま、そっと離した手の下で鏡面全体を透明な光の膜が覆っていた。

「とりあえず封印できたマル。でも、プリンセス・プラージュの封印は暫定とりあえず版マル。この鏡を持ってた“末裔”ならちゃんと封印できるマル。あとで頼みに行くマル」

「優里に頼めばいいってこと? わかった」

 和鏡を大事そうにポケットへ戻すプリンセス・プラージュにドルド丸が大きく息をつく。

「これで終わったマル」

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