第10話 前略、地獄の底から(その1)
始業前の部室で、紗登子は環士を待っていた。
ふと昨夜のことを思い出し、ポケットに手を突っ込む。
指先に触れるのはドルド丸にプレゼントしたアクリルキーホルダー。
昨夜、三人組のひとりがボディバッグからの吸引ホースで回収する前に拾って、こっそり持ち帰ったものだった。
ドルド丸の最期が頭をよぎり、少し泣きそうになった。
しかし、こらえる。
泣いている場合ではない。
ドルド丸の話では地球環境を一変させるという封熱筒がママの手に返ってしまった。
奪還しなければならない、開放を阻止しなければならない。
それを知っているのは自分と環士のみ。
私たちがなんとかしなければならない。
私たちしかなんとかできない。
そんなことを思い、くちびるを噛む。
そこへ――
「サト……」
――声を掛けられた。
弾かれたように扉へと顔を向ける。
池月優里が立っていた。
ぎくりと硬直する紗登子だったが、少し強張った表情の白い顔から優里が自分以上に緊張していることが見て取れた。
昨夜のことを思えば無理もない。
それでも優里は紗登子のもとへと足を進める。慎重な足取りで。
「教室へ行ったら……
いつもの堂々としている生徒会長とは別人のようなたどたどしい口調で言って、目を伏せる。
そして、沈黙。
なにかを話そうとして、それでいて迷っているような素振りに紗登子が促す。
「えーと。なに、かな」
優里は少しの間を置くと、決心したように喉の奥で小さく“うん”とつぶやいて顔を上げる。
「ちょっと相談があるんだけど」
やはり昨夜の話だろうかと意識を集中させる紗登子の前で、優里は持参していた手製の小さな手提げ袋から新聞紙で包まれた
「これ……」
「?」
差し出されたそれを受け取った紗登子は、その包みに持てないほどではないが予想を上回る重さを感じる。さらに新聞紙越しにもわかる形状と固さから中身は金属製の円盤状プレートらしいことがわかる。
しかし、それがなんなのか想像できず、優里に向けて首を傾げる。
「えっと、これって……なに?」
優里が促す。かすかに震えているようにも聞こえる声で。
「開けてみて」
昨日の話ではないことがわかって気分が軽くなった紗登子だが、こんな心境だからこそ浮かれて落とさないようにと注意しながら新聞紙の梱包を解く。
出てきたものは直径が十センチほどの円形の金属プレートだった。
一面には複雑な紋様が刻まれ、逆の面は鏡のように覗き込む紗登子の顔をくっきりはっきり映している。
紗登子は同じものを教科書で見たことがある。
「これって……銅鏡?」
「和鏡っていうの。ウチの敷地の山の中に小さなお堂があって、そこでお
「和……鏡」
紗登子がつぶやきながら、改めて裏返す。
細かく刻まれた紋様を彩る濃淡の緑青は緻密で、さらに目を凝らせば紋様の細かい隙間にわずかではあるが土らしきものが付着している。
「もともと
民俗学部が聞いたら飛び付きそうな話に、紗登子は鏡面から顔を上げて優里を見る。
「持ち出してもいいの?」
優里は恐怖に耐えるように生唾を飲んで問い返す。
「去年、最後の台風って憶えてる?」
「酷かったね。憶えてる」
珍しい十一月の台風であり、その勢力も時期外れなくらい強かった。
電車の運休は当然のこととして、市内でも数本の電柱が倒れたり古い住宅の屋根が飛んだりしてニュースになっていた。
「その台風が通り過ぎたあとで、家族みんなと家の周りとか裏山の点検に行ったの。その時に――」
優里が語る。
その時になにがあったのかを。
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