第8話 決 戦(その1)

「プランクトンは赤潮男の手足であり感覚器みたいなもんだ。自在に操ることができる。そして――」

 マリイの補足を聞きながら、赤潮男は試しにとばかりにプランクトンを周囲に躍らせてみたり、密集させて自身の分身を形成させてみたりする。

 その様子にテレインが目を輝かせる。

「すごーい、すごーい」

 マリイが続ける。

「――校内に散布してドルド丸の居所を捜すこともな」

「先に言えっ」

 赤潮男は即座にプランクトンを拡散させる。

 いた。

 ドルド丸は南校舎三階の美術室の前。

 赤潮男は周囲の闇に色調を同化させたプランクトンをまとい姿を消すと、さらに増殖させたプランクトンを足元に集めてフライングカーペットか筋斗雲のように空を滑ってその場を離れる。

 一刻も早くドルド丸を問い詰めるために。


 南校舎の三階、壁一面に生徒の図画作品が展示されている美術室前の廊下で、ドルド丸は窓から覗く月を見ていた。間近に迫っている赤潮男に気付くこともなく。

 赤潮男は離れた位置からドルド丸めがけてプランクトンを撚り合わせて作った触手を伸ばす。

 あっさりとドルド丸は触手に絡め取られた。

「ちょっと待つマル。改めて話があるマル。仲間に……」

 全身を触手に巻かれたドルド丸が懇願するが、赤潮男は聞く耳を持たない。

「うるせえっ」

「しょうがないマル」

 ドルド丸の全身が発光し、プリンセス・プラージュが現れた。

 今日のプリンセス・プラージュは昨日の色仕掛けエロモードではない通常ノーマルモードである。

 プリンセス・プラージュは手刀で触手を絶ち、ドルド丸を抱いて距離をとる。

 ドルド丸がこれまでより明らかに殺気立っている赤潮男に問い掛ける。

「なにを怒ってるマル?」

「よくも騙しやがったな」

「なんのことマル」

「“キーホルダーの主は知らない、関係ない”だと? がっつり関わってたじゃねえかっ」

 ドルド丸がうろたえる。

「な、なんでばれたマル」

 しかし、すぐに認める。

「それは事実マル。許してほしいマル」

「あっさり認めたら許すとでも思ったか」

「そうじゃないマル。聞いてほしいことがあるんだマル」

 そこへ赤潮男が廊下に点々と残したプランクトンをたどったフィーマ、マリイ、テレインが到着する。

「すごいっ。本当にいたっ」

 驚くテレインのかたわらで、フィーマとマリイは赤潮男とドルド丸の会話に耳を傾ける。

「なぜそこまで切れてるマル。紗登子に特別な思い入れでもあるマルか」

「うるせえっ。おまえにはカンケーねえっ」

 紗登子?――三人は思わぬ名前にそろって訝しげな表情を浮かべるが、ドルド丸と赤潮男はその様子に気付いていない。

「もしかして、紗登子のことが好きマルか」

「ああ、そうだよ。それがどーした」

 自分でも気付かないうちに赤潮男は怒鳴り返していた。

 完全に条件反射だった。

 その言葉に――

「え?」

 ――プリンセス・プラージュが声を漏らす。

「は?」

 ドルド丸も耳を疑う。

「……」

 フィーマの眉間に深い皺が刻まれる。

 ドルド丸は、しかし、すぐに我に帰って短い手足をばたばたさせながら告げる。

「だったらちょうどいいマル。すごくいいことを教えてあげるマル」

 ふわりと浮き上がってプリンセス・プラージュに顔を寄せる。

 プリンセス・プラージュが頷く。

 ドルド丸が咳払いを挟んでイケボで告げる。

「このプリンセス・プラージュの正体は宮村紗登子だマル」


 思わぬ言葉にフィーマ、マリイ、テレインが耳を疑う。

「……!」

「……!」

「……!」

 三人そろってぽかんとプリンセス・プラージュを見る。

 しかし――

「誰が信じるかっ」

 ――赤潮男が即座に放った怒声に、我に帰ったマリイがつぶやく。

「なるほど」

 フィーマとテレインから“なにが?”との目線を受けて答える。

「色仕掛けが通用しなかったから、新たな嘘で赤潮男を懐柔しようとしてる可能性がある」

 フィーマとテレインが頷く。

「言えるな」

「そっかー。だよねー」


 一方のドルド丸は慌てる。

「ほ、本当マル」

 しかし、赤潮男は聞く耳を持たず、新たに生成させた触手を躍らせる。

「二度までも騙されるわけねえだろっ」

「本当マル、本当マル」

 手足をじたばたさせて訴えるドルド丸に、赤潮男がまくしたてる。

「サトさんがあんな動きをするわけない。他者ひとに対して殴ったり蹴ったり光線出したり燃やしたりするようなヒトじゃない」

 “それを言うなあああああっ”と、ばかりに両手で覆った顔を振るプリンセス・プラージュをドルド丸がフォローする。

「あれは変身したことで強化された全身機能につられて、性格もちょっと変わったりしてるだけマル。いわゆる自己洗脳による役割演技ロールプレイング効果ってヤツだマル。コスプレでもよくあるヤツだマル」

 そして、プリンセス・プラージュを見る。

「早く、解除するマルっ」

 しかし、プリンセス・プラージュは泣きそうな声で答える。

「ダメ。さっきからやろうとしてるけど解除できないの。どうして?」

「そんなわけないマル」

「本当だってばっ。さっきから何回も何回も何回も……」

 その理由に気付いたドルド丸が声を上げる。

「敵意検出機能が反応してるんだマル。対峙している赤潮男がこの空間に放っている敵意がなくならない限り解除できないマル」

 そこへ赤潮男が怒声を放つ。

「ごちゃごちゃ言ってんじゃねええええええっ」

 一斉に複数の触手を突き出す。

 やむを得ないとプリンセス・プラージュが前に出て、すべての触手を手刀で切り飛ばすが切り飛ばされた先端が形状を変え、ミサイルとなってドルド丸を襲う。

 プリンセス・プラージュはドルド丸を抱いて飛来するミサイル群をかわす。

 その足元へ赤潮男が新たな触手を伸ばす。

「足元注意だマルっ」

 ドルド丸の叫びで足を取られることを回避したプリンセス・プラージュが姿勢を保持して転倒を免れる。

 そこへ赤潮男が突進する。

 プリンセス・プラージュが右手を振り抜く。

「オプチカル・シャワーっ」

 ガントレットから撃ち出された光の針が赤潮男に向かう。

 針は着弾寸前で炸裂し、周囲を光の海に沈める。

 針は閃光弾だった。


 視覚を奪われて動きの止まった赤潮男から、大きく跳んで距離をとったプリンセス・プラージュにドルド丸がささやく。

「ダメだマル。今日はぜんぜん会話にならないマル」

「でも……話し合いでなんとかならないかな。倒さずに」

「さすがに告白してきた相手は倒しにくいマル?」

 思わぬ言葉に一瞬マスクの下で紗登子の頬が赤くなる。

「そうじゃなくて……それもあるけど」

「じゃあ、逃げるマル」

「逃げる? 逃げてどうするの?」

 ドルド丸が動きの止まった赤潮男を見ながら答える。

「幸いにも解除できないことで向こうはプリンセス・プラージュが紗登子であることを信じてないマル。その隙に明日の学校で混成体のベースになってる生徒を捜すマル。そこで改めて紗登子がプリンセス・プラージュであることを教えるマル。昼間の学校ならウカツに攻撃できないマル。つまり、話を聞いてくれるはずマル」

 しかし、紗登子は困り顔で返す。

「でも、相手が誰かわからないよ」

「それはなんとかして探すしかないマル」

 決意を秘めたようなドルド丸の口調に紗登子が頷く。

「そうするしかないね。わかった。そうしよう」


 閃光からようやく視力を取り戻した赤潮男が新たな触手を形成する。

 同時にプリンセス・プラージュが背を向けて走り出す。

「逃がすかっ」

 赤潮男が叫ぶ。

 プリンセス・プラージュが、立ち止まり振り返る。


 逃げないプリンセス・プラージュにドルド丸が慌てる。

「どどどどどうしたマル。どうして立ち止まるマル。どうして逃げないマル」

 プリンセス・プラージュがささやく。

「やっぱり逃げない。終わらせる」

 そして、拳を突き出す。

「こうするしかないからっ。プロミネンス・インパクトっ」

 拳から打ち出された火球が赤潮男に着弾する。

 刹那の間をおいて赤潮男の全身をいつものように炎が包む。

 いつもならこれで終わるはずだった。

 しかし、終わらない。

 赤潮男の体表を覆っていたプランクトンが炭の粒になってぼろぼろと燃え落ちる。

 赤潮男は、増殖させたプランクトンによる装甲でダメージを抑えていた。

 そこへプリンセス・プラージュが続けて放ったオプチカル・シャワーが飛来する。

 その着弾目標は赤潮男の顔面。

 光の針が炸裂して閃光を放つ。

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