第8話 決 戦(その2)

 赤潮男がつぶやく。

「また目くらましか。でも、対策は終わっている」

 瞬時に顔面周辺に漂っていたプランクトンを増量させると、目の位置に配した半透明のプランクトンを発色させて遮光グラスと化す。

 しかし――。

 赤潮男がうろたえる。

 形成した遮光グラスを含めた顔面周辺を漂う植物プランクトンが、閃光に反応して異常増殖を始める。光という増殖の追い風を受けた植物プランクトンは赤潮男の顔面に張り付き、覆い、包み込み、さらに膨れあがって顔面と頭部を圧迫する、締め付ける。遮光グラスとして目を覆っていた部分も、こうなっては視界を遮って増殖し続けるプランクトンの塊でしかない。

 状況を察したフィーマが叫ぶ。

「視界の確保だっ。急げ」

 その声が聞こえていないわけではない。

 それでも赤潮男は視界を確保するよりも触手の先端をミサイルとして撃ち出すことを優先した。


 赤潮男は考えた。

 プリンセス・プラージュが、なぜ、こっちの目を塞いだのか。

 その直前にとろうとしていた行動は逃走。それを中断して目を塞ごうとした。

 目を塞がれた生物は動きが止まる。そして、最優先で視界を確保しようとする。

 その隙に逃走しようというのだろう。だから、目を塞いできたのだろう。確実に逃走するために。

 しかし、逃がさない。

 紗登子を巻き込まないためにも、今夜ですべてを終わらせる。

 そのために視界の確保を後回しにしてミサイルを放った。視界を奪われる前の記憶に従って、プリンセス・プラージュの立っていた位置へと。

 それが“視界の確保を優先するはず”と読んでいたプリンセス・プラージュにとっては完全な不意打ちになる――はずだった。


 間髪入れず赤潮男の耳が着弾したミサイルの炸裂音を聞いた。

「……全弾命中」

 つぶやいて、ようやく両目を覆うプランクトンを四散させる。

 廊下の奥には予想した通り、そして、思惑通り、全身にミサイルを受けて立ち尽くすプリンセス・プラージュの姿があった。

 しかし、違和感を覚える。

 そして、その理由に気付く。

 立ち尽くしているプリンセス・プラージュは赤潮男に向き合うように立っている。

 なぜ?

 逃げようとしたところを捉えたのなら、ミサイルが直撃しているのは背面のはずなのに。目の前のプリンセス・プラージュは赤潮男に背中を向けているはずなのに。

 なぜ、正面?

 まるで立ちはだかるように。

 まるでなにかを守るように。

「赤潮男、トドメだ」

 フィーマの声に我に帰る。

「おう」

 プランクトンを撚り合わせて槍を形成する。

 まだ口元を覆っている残存プランクトンは暴走増殖を続けているが、構っている場合ではない。

 全神経を槍の形状保持に費やす。

 その槍を、やっとの状態で立っているプリンセス・プラージュに突き出す。

 プリンセス・プラージュは避けようともせずに正面で受け止める。突き出された槍を両手で挟み込むように。

 しかし、その先端は純白のジャケットに突き刺さり鮮血を広げていく。

 マリイが声を上げる。

「勝ったっ」

 プリンセス・プラージュが叫ぶ。

「早く逃げてっ」

 その言葉に赤潮男が戸惑う。

 フィーマが戸惑う。

 マリイが戸惑う。

 テレインが戸惑う。

 早く逃げて?

 なにを言っている?

 誰に言っている?

 最初に気付いたのはフィーマ。

「誰かいるっ」

 赤潮男はその声とフィーマの目線から、プリンセス・プラージュの背後に目を凝らす。

 最初に逃げようとして背を向けた時に気付いたのだろう。だから、撤退を却下キャンセルしたのだ。赤潮男の目を塞いだのは、自分が逃げるためではなかったのだ。飛来するミサイルを受けたのも、突き出された槍を避けなかったのも――すべては“彼女”を逃がすためだったのだ。

 薄闇の中でスマホを構えたまま、涙目で震えている“彼女”――池月優里を逃がすために。

 そこまで考えた時、赤潮男は身体の異常に気付く。

 頭痛と目眩、そして、四肢の痺れ。

 なにが起きているのかわからず、意識を全身に行き渡らせる。

 そして、認識する。

 口元を覆うプランクトンの暴走増殖がまだ続いていることを。

「まさか……こいつら」

 口元を圧迫しているのは増殖したプランクトンだけではなかった。むしろ増殖し続けているプランクトン以上に赤潮男の口元を圧しているのは、そのプランクトンの吐き出している酸素だった。

 プランクトンの吐き出す酸素が強制的に肺へと供給され続けていることに気付いた赤潮男の脳裏に“酸素中毒”という言葉が浮かんだ。


 酸素中毒――それは、紗登子が応募原稿として書き、環士が試し読みさせられた異世界ファンタジーに出てきた言葉だった。

 前回の応募でもらった評価シートにあった“バトルの決着に説得力がありません”というダメ出しに反省した紗登子は、新作で生物部と科学部の協力を得ることにした。そこで描いた人類と植物型知性体の決着方法が酸素中毒によるものだったのだ。

 プリンセス・プラージュが対赤潮男で採った戦法も、まさしく“酸素中毒を狙うこと”だった。

 プリンセス・プラージュがオプチカル・シャワーで赤潮男の顔面を覆うプランクトンを暴走させたのは視界を塞ぐためではなく、酸素を過剰摂取させることが目的だったのだ。


 ふらりと倒れそうになった赤潮男は、引き抜いた槍を杖代わりに体を支える。

 その様子に慌ててマウントディスプレイを装着したマリイが叫ぶ。

「やべえ、限界だっ」

 ドルド丸も叫ぶ。

「こっちもマル。早く終わらせるマルっ」

 プリンセス・プラージュが拳を突き出し、荒い息で喘ぎながら叫ぶ。

「“今度こそ”の――プロミネンス・インパクトっ」

 しかし、撃ち出された火球の大きさと色にドルド丸が悲鳴を上げる。

「ダメだマル。出力が足りないマル」

 出力不足の火球は赤潮男の顔面を覆うプランクトンだけを焼き尽くして環士の素顔をさらさせる。

 同時にプリンセス・プラージュの姿が弾けて宮村紗登子が姿を現す。

「サトさん?」

「環士くん?」

 互いに荒い息をつきながら、ぽかんと環士と紗登子が見つめ合う。


 その場にいるフィーマたち三人も目を疑う。

「マジ?」

「なんで?」

「うそ?」

 そして、フィーマがうめくようにつぶやく。

「さっきの――ドルド丸の話は本当だったのか……」

 テレインが頷く。

「まさか、だねー」

 マリイが続く。

「なるほど。そういうことか。やっとわかった」

「なにがだ」

「なにがー、なにがー」

 マリイは紗登子と寄り添うドルド丸を見る。

「プリンセス・プラージュが設計より高機能だったのは構成要素に太陽エネルギーだけじゃなくてサトコも取り込んでいたからだ」

 フィーマが紗登子を凝視する。

「サトコにそれだけの能力があるのか」

 テレインが目を輝かせる。

「サトコ、すごーい」

 マリイはそんなふたりに静かに首を振る。

「いや、サトコ自身の能力は関係ない。単純にサトコの肉体や精神がプラスされたことで、それが予想外の融合反応を起こしたってことだよ」

 フィーマもまた、ようやく納得したとばかりにささやく。

「なるほど。そして、サトコがドルド丸の協力者でもあったと」

 テレインが笑う。

「そんな近くにいたなんて……。捜してたのがバカみたいっ。きひひ」

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