第2話 ママと三姉妹(その2)
次に現れたのは数十本の石柱で構成された巨大な神殿にも見えるストーンサークルだった。
「わーい」
テレインが歓声を上げながら駆け込む。
が、すぐにわずかな段差につまづいて転ぶ。
「なにやってんだ」
少しだけ苛立ち口調のフィーマにテレインは――
「い、痛くないもん」
――ぶっきらぼうに返して立ち上がる。
環士がふたりに先導されるように進んだストーンサークルの奥は円形のホールになっていた。
その中央には玉座が置かれているが人の姿はない。
にも関わらず緊張感だけを感じる。しかし、その緊張感がどこから発せられているのかはわからない。
無意識のうちにその緊張から逃げようと言葉が口を衝く。
「誰も……」
しかし、言いかけたところで玉座に違和感を覚えて目を凝らす。
なにかが載っている?
それがなにかを視認すると同時に思わず息をのむ。
体長が一メートルほどある一匹のヘビだった。
とはいえ、ヘビそのものは田舎に住んでいる以上は目にすることは珍しくはない。年に一回くらい道端で見かけるていどだが。
玉座のヘビがそれらと違って異様なのは、折り紙を切って作ったような小さな王冠を頭に載せ、同じく折り紙で作ったらしいローブともマントともつかぬ装飾品をまとっていること。
そのヘビへテレインが駆け寄る。
「ただいまー、ママー」
ヘビが答える。
「おかえり、テレイン。どうだった、学校は楽しかったかい」
人語を話すヘビの“ママ”を見ながら、環士は“やっぱり夢じゃねえか”と心中でつぶやく。
「楽しかったよー。同じクラスの細川って子が授業中に騒いで先生にぶん殴られてたよー。きひひ」
「バカだねえ、細川って子は。テレインはそんなことしないよねえ」
「しないよー」
楽しそうなヘビとテレインの対話にフィーマが遠慮がちに割り込む。
「ただいま帰りました」
そして、環士に目をやる。
「こちらがドルド丸奪還に投入した
「そんなことよりフィーマ」
ヘビが遮った。
その声はテレインに向けていたのとは正反対の冷徹な声だった。
「はい」
フィーマの体がびくんと震えた。
ヘビが続ける。
「先にママに言うべきことがあるでしょう?」
フィーマの表情が戸惑った。
「は、いえ、なにを……」
ヘビが鎌首を持ち上げて威嚇するように口を開く。
「テレインがヒザをすりむいていることにママが気付いてないとでも思ったのかい?」
ついさっき段差につまづいたことを環士は思い出す。
「そ、それは……」
「いいわけするなっ」
ヘビがフィーマを一喝する。
「妹の面倒もろくにみられないのかい、オマエは」
「申し訳ありません」
頭を垂れるフィーマにヘビは容赦しない。
「申し訳ありませんじゃない。ごめんなさいでしょう?――」
ヘビゆえに表情は変わらないが、その口調は明らかに叱責している。
「――ママにではなくテレインに謝りなさい」
そこへテレインが割って入る。
「もーいーよー」
ヘビの頭がぐいとテレインに向く。
そして、さっきまでの穏やかな口調に変わる。
「おお、優しい子だね。テレインは。自分をケガさせた姉をかばうんだねえ」
そう言うと改めてフィーマへ頭を向けて、再度、戻した冷たい口調で言い放つ。
「今度、テレインになにかあったらただじゃおかないよ。オマエは“おねえさん”なんだからね」
「……はい」
フィーマは環士を目で促すと、一礼してヘビに背を向ける。
状況がさっぱり読めない環士も、同様に頭を下げて後に続く。
無言のままストーンサークルを出て向かう先に、マリイと別れた四台の掃除用具入れが見えてきた。
並んで歩く環士がとなりからフィーマの顔をそっと見上げる。
その赤い顔と涙目はまさしく親に叱られたこどものようだった。
思わず環士はささやきかける。
「気にすることないぞ、うん。フィーマは悪くない」
フィーマが鼻声で返す。
「黙れ」
慰めたつもりだったが余計なお世話だったらしい。
そもそも、日常生活で他人と積極的に絡もうとは思わない環士が“距離感を量って適切な声掛けをする”などという高等技能を持っているはずもないのだ。
「……ごめん」
ひとまず謝り、改めて問い掛ける。
「あのヘビってなんなんだ」
フィーマは短く答える。
「ママだ」
「ママ?」
確かにテレインもそう呼んでいたが……。
補足を目で求める環士だが、フィーマはそれ以上は答えない。
むしろ“訊くな”と言っているようにも見える。
うすうすわかっていたことではあるが、解説好きなマリイとは対象的な性格らしい。
改めて、玉座の様子を思い出す。
ママはフィーマにテレインの面倒を姉として見ろと言っているように聞こえた。
ということはこの三人は三姉妹なのか。
そして、ママ。
言葉通り“母親”なのか。
ヘビなのに?
そんなことをとりとめもなく考えているうちに四台のロッカーに着いた。
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