第2話 ママと三姉妹(その3)
フィーマがマリイの消えたロッカーに声を掛ける。
「マリイ。いいか? 入るぞ」
ロッカーの中から声が返る。
「ああ。いいよ」
フィーマが開いたロッカーの中に環士は目を疑う。
そこはまるでマンガや特撮番組で見た手術室のようだった。
中央にはいかにも硬そうなベッドが置かれ、壁ぎわには大小のメーターやスイッチやディスプレイが並ぶ機械が、ベッドの周囲には様々な形状の器具を並べたトレイの載るワゴンが置かれている。
マリイは、その部屋で環士にはさっぱり理解不能な数式で埋められたボードを見て満足げに頷いている。
「つれてきた」
「ご苦労」
フィーマの声に振り向いたマリイが楽しげに笑う。
「なんだ、その顔は。また叱られたのか」
フィーマが鼻声で答える。
「うるさい」
マリイは肩をすくめると環士に――
「ああ、そこ座れ」
――ベッドを指す。
環士は言われるまま腰を下ろす。
ベッドは見た目通り硬く、座り心地は論外に悪い。
座らせておきながらほったらかしにしてトレイの器具をチェックし始めるマリイに、環士はフィーマに答えてもらえなかった“謎”を訊いてみる。
「あのヘビってなんなんだ」
マリイはトレイに目を落としたまま答える。
「ママのことか?」
「うん」
「ママはママだよ。他になにがあるんだ?」
「他になにがあるって……」
ヘビだし、言葉をしゃべるし、あからさまにテレイン推しだし……突っ込みどころなどいくつも思い浮かぶが、逆にありすぎてどこから聞いていいのかすらわからない環士は言葉に詰まる。
そんな環士にマリイが顔を上げる。
「マリイたちを生んでくれた偉大なる母上様さ。だから逆らうなど言語道断、だろ」
そう言って意地の悪い目線をフィーマに向ける。
フィーマは“ふん”と顔を背ける。
その時、不意に環士の身体を背後から掴むものがあった。
「え? お?」
慌てて振り向くと天井から伸びる数本のマジックハンドが、環士の四肢を伸ばしてベッドに固定しようとしている。
環士は身の危険を察して抵抗を試みるがムダだった。
マジックハンドは流れるような動きで環士をベッドへ
「おい。なんだよ、これ。なにをするつもりだ」
仰向けで固定されて慌てる環士にマリイが不気味な笑みを浮かべる。
「手術だよ」
「しゅ、手術だとお?」
これまでの人生でいまだに手術というものを経験したことのない環士にとって、それは未知の恐怖を伴う非現実な言葉でもあった。
戸惑う環士にマリイが不敵に笑う。
「なんの手術かは……終わってから教えてやる」
同時に環士の首筋になにかがちくりと刺さった。
直後に全身が熱くなる。
「ななななななにをしたっ」
おどおどと問い掛ける環士に、マリイがにやにやと答える。
「麻酔だ、麻酔。毒じゃねえよ、心配すんな」
意識の中を急速に睡魔が占有していくのとあわせて、強張っていた全身から力が勝手に抜けていく。
それまで離れた位置で見ていたフィーマがマリイと並んでベッドの環士を見下ろす。
「効いてきたか」
マリイがフィーマを見る。
「ああ、効いてるはずだ。試すか」
そう言うと、仰向けの環士の耳元に顔を寄せてささやく。
「マリイ、フィーマ、テレイン。三人の中で誰が好みだ?」
マリイの芳香に包まれながら環士が即答したのは――。
「フィーマ」
名を呼ばれたフィーマが絶句する。
「な、なにを言っ……」
マリイはそんなフィーマと焦点の合わない目で横たわっている環士を楽しげに見比べる。
「ほほお。
言いながらフィーマの胸をまさぐる。
「揉むなっ」
フィーマは身を捩らせて離れる。
まるで見せつけるようにじゃれあうふたりに、環士は訊かれてもないのに続ける。
「さっきママに叱られて泣きそうになってるの見て親近感が湧いたというか、なんかかわいいと思った、それだけ」
マリイが満足げに笑う。
「効いてるねえ、麻酔」
その横でフィーマは「知らん」と吐き捨て背を向ける、赤い顔で。
一方の環士は警戒心も虚栄心も嘘もごまかしも駆け引きもなく、聞かれたことをそのままバカ正直に答えてしまうという今の状態に戸惑うことすらできず、ぼんやりと天井を眺めている。
そんな環士にマリイが再度ささやきかける。
「今から自分がなにされるか……怖いか?」
環士は正直に答える。
「怖い、すげえ怖い」
それがたとえ夢の中であっても、怪しげなふたりの女性に見守られながら手術台に固定される状態というのはあまり楽しいものではない。
「ま、無理ないか」
マリイはすいと顔を離してその場でターンする。
「これなら怖くないだろ?」
マリイの姿が昼間見た新入生の藤島海唯子に変わった。
「!」
あまりの衝撃に一瞬だけ正気を取り戻して目を疑う環士に構わず、
「ほら、フィーマも早く。怖がってるだろ」
にやにやと笑う海唯子に促されたフィーマは小さく口の中で舌打ちしてから風羽子に姿を変える。
ぽかんと見ている環士にマリイが問い掛ける。
「びっくりしたか?」
「するだろ。じゃあ、もうひとりはもしかして」
「テレインか? 小田地依子だよ」
改めて海唯子が両手を広げてみせる。
「とにかく、これなら怖くないだろ」
「怖くないけど……」
「けど?」
訝しげに見下ろす海唯子と、その横で環士と目線を合わせようとしない赤い頬の風羽子に、環士は普段なら口にすることも
「確かに怖さは薄れたが……身動きできない自分の身体を下級生女子にいじられるかと思うと……それはそれで未知の快感に目覚めるかもしれ――」
「とんだ変態野郎だな、環士は」
爆笑するマリイの声を聞きながら意識が暗転した。
そして次の瞬間――
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