第2話 ママと三姉妹(その4)

 ――目を覚ますと、今度こそ自分の部屋だった。

「ひでえ夢だったなあ」

 つぶやいてためいきをひとつ。

 そして、考える。

 どうせ夢ならヒーローになればいいものを、よりによって“女幹部に操られる怪人”とは。

 無意識レベルで自分のことを“ヒーローが務まる人間ではない”と思っているのだろう。

 それはそれで情けない話ではあるけれど、自己評価が低いのは今に始まったことではない。

 そこへ――。

「残念。夢じゃないんだな」

 聞いたことのある若い女の声に顔を向けると、机の前でイスをきいと回して足を組んだマリイが現れた。

 息をのむ環士の背後からさらに別の声が投げかけられる。

「全部、本当のことだ。改めてこれからはわれわれのためにドルド丸捕獲作戦に参加してもらう」

 振り返るとフィーマが見下ろしていた。

 マリイが細く美しい指を三本立てて告げる。

「手術の内容だけど、全部で三件。一件目は今日のプリンセス・プラージュとの対戦データーを取り出してフィードバックした。だから次に戦う時は今日より少しは強くなってるはずだ。ついでに対戦データーから協力者の手掛かりが掴めるかと思ったんだが。それはなかった。残念ながら」

 不意に現れた予想外の言葉に眉をひそめる。

「協力者?」

 マリイが身体を前後にゆすってイスをぎいぎいと鳴らしながら答える。

「私の勘だけどドルド丸には協力者がいるような気がしてる。それが誰かわかれば作戦の立てようによってはこっちが有利になる。でも、その存在を窺わせるものはなかった。よほど巧く擬装しているのか、本当に協力者がいないのかはわからない。次に戦う時はそういう部分も注意してほしい」

 そして、続ける。

「二件目。アップデーターをインストしたのと強制転移システムを再調整した」

 “アップデーター”と“強制転移システム”がなんなのか想像もつかない環士に、戸惑う間も与えず補足する。

「さっき言ったフィードバックを次からは自動で行うようにした。だから手術の手間は今回限りだ。強制転移システムの調整ってのは負けた時の転移先をマリイたちの家からこの部屋に変えたってことだよ。いい?」

 しかし、環士の答えは――。

「いや、わからん」

 マリイが前のめりになる。

「なにが?」

 その声は少し苛立っているようにも聞こえた。まるで出来の悪い生徒に接する教師のように。

 環士はその空気に飲まれそうになるのを避けるために早口で返す。

「“フィードバック”とか“アップデート”とかがなんで必要なんだ? 未知の存在ならともかくプリンセス・プラージュを作ったのはマリイだって言ってたじゃないか。だったら最初からプリンセス・プラージュ以上の能力にすりゃいいのに」

 そんなことを口走ったのは負けて強くなることに無意識の嫌悪感があったからかもしれない。最初から俺tueeeeを求めるのはヒトとして、というより生物としての本能なのだろう。

 そんな環士に、マリイは一転して――

「いいところに気が付いたな」

 ――背を逸らせて笑う。

「確かに作ったのはマリイだが、ドルド丸が発動させたプリンセス・プラージュはあらゆるパラメーターが、なぜか設計値を超えてるんだよ」

 そして、真顔になる。

「原因はわからないが可能性として考えられるのは、初めてプリンセス・プラージュを発動した時のドルド丸の精神状態に反応したのかもしれないということ。予想以上にドルド丸がストレスを感じてて、それがプリンセス。プラージュの能力に反映された可能性がある。だから、あのプリンセス・プラージュの能力値はわかってないんだ。わかってるのはプリンセス・プラージュという名前と太陽を構成材料にしているということだけ」

 荒野でもそんな話を聞いたのを思い出す。プリンセス・プラージュは太陽エネルギーを構成材とする護衛ユニットとかなんとか。その時はめんどくさい話になりそうだったのであえて説明を求めなかったけれど。

「構成材料……か」

 思わずつぶやいた環士にマリイが答える。

「要するに“太陽の化身”とでも思っておけばいい。それ以外のパラメーターはすべて“unknown”――つまり“不明”。ということで、戦いながらデーターを収集して推測していくしかない。そして、その結果を元にアップデートするしかない。理解したか?」

「わかった……と思う」

 なんとなくではあるが納得した様子の環士に、マリイは満足げに頷いて続ける。

「そして、手術の目的、三件目だけど……環士の身体に毒カプセルを埋め込んだ」

 その言葉に環士が飛び上がる。

「どどどどどど毒だと」

 考えてみれば“アップデーター”や“強制転送システム”なる謎システムが体内に埋められていることも穏やかな話ではないが、それでも非現実的なそれらに対して“毒”という言葉には相応のインパクトがあった。

 マリイはそんな環士の反応が予想通りで楽しいと言わんばかりに、にやにやと答える。

「環士次第でカプセルが破れて中の毒が体内に拡散する」

「すると?」

「もちろん、死ぬ」

「ししししし死ぬっ? ぼぼぼぼぼぼボクがっ?」

 うろたえる環士に、笑うマリイ。

 そこへ早く話を終わらせろと言わんばかりにフィーマが割り込む。

「環士次第だと言っただろ。環士が私たちを攻撃しようとすれば、だ」

 環士は荒野で聞いたマリイとフィーマの会話を思い出す。“植え付けた仲間意識だけでは不安なので、もうひとつ用意しているものがある”と言ったマリイの言葉を。

 それがこの“毒カプセル”なのだろう。

 環士が問い返す。

「ボクが攻撃しなくても、たとえば……周囲に助けを求めたら。そいつがボクの代わりにそっちを攻撃したら……」

 フィーマが表情を変えずに問い返す。

「“周囲”って誰に?」

 とりあえず、思いつくまま答える。

「け、警察とか」

 マリイが噴き出す。

「信じるわけねえだろ」

 そして、改めて環士に告げる。

「口の中に違和感があるだろ?」

「口の中?」

 言われて口腔内を舌でまさぐる。

 上あごと左右の頬の内側に、ぽつんとしたイボのようなものを感じた。

「それがアップデーター、強制帰還システム、そして、毒カプセルだ。手術の内容は以上だ。あ、そうだ」

 思い出したとばかりに続ける。

「“家”だけどな、名前を考えた。“グマイジア時空”だ」

 聞き慣れない言葉に、思わずつぶやく。

「グマイジア……。何語?」

「英語だよ」

 言いながら立ち上がったマリイがフィーマを見る。

「じゃ、帰るか」

「ああ」

 フィーマが環士の私物入れロッカーを開く。

「うあ、そこは……」

 中には必要なもの、必要ではないもの、さらに、いずれ必要になるんじゃないかと思っているものが雑多に詰め込まれており、お世辞にも整理されているとはいえない――はずだった。

 しかし、開いたロッカーの奥は――

「これって……いつのまに」

 ――フィーマたちの家、グマイジア時空とつながっていた。

 マリイが答える。

暫定とりあえず的につないでるだけだ。気にするな。じゃあな」

 ふたりの姿がロッカーに消えて、扉が閉じた。

 静かになった部屋で、環士はおそるおそるロッカーを開けてみる。

 中は雑然としたいつもの私物入れに戻っていた。

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