第2話 ママと三姉妹(その1)
「すごい夢だった」
環士は仰向けで目を閉じたまま、自身の五感を確かめるようにあえて口に出す。
そして、ゆっくりと目を開く。
そこはいつもの自分の部屋――ではなかった。
上体を起こした環士の目の前に広がっているのは赤い空に黒い雲がたなびき、ひび割れた大地に大小の岩が転がる荒野だった。
脳裏に科学誌で見た火星の写真や金星の想像図がよぎる中、渋面でつぶやく。
「まだ……夢の中、か」
「起きたーっ」
背後で上がった声に振り返る。
テレインとフィーマとマリイが環士を見ていた。
立ち上がろうと目線を下ろす。
そこで初めてイカ男ではなく見慣れた部屋着姿で、地面に描かれた
「ここって?」
テレインが答える。
「家だよ。あたしたちの。きひひ」
「家?」
改めて周囲を見渡す。
視界は明瞭だが、空には太陽も月もない。
ということは、地球じゃない?
じゃあ、どこだ?
そこで、すぐに思い出してひとりごちる。
「なるほど、夢の中だ」
夢の中なら慌てることも驚くこともあるものかと、大きく伸びをする。
そこへフィーマが声を掛ける。
「歩けるだろ? 行くぞ」
「今度はどこへ?」
マリイが笑う。
「来ればわかるさ」
サークルを出て、無言で歩く三人に無言で続く。
周囲の光景はなんの変化もなく延々と荒野が続く。
そして、その荒野には風も音もない。
そんな静寂に満ちた世界で、環士は本能的な不安感が湧き上がるのを覚えて前を歩く三人に声を掛ける。
「あの雪だるまはなんだったんだ。あとのっぺらぼうも」
振り向いて答えたのはテレイン。
「あれはねえ。ドルド丸とプリンセス・プラージュだよ」
“名前だけ言われてもな”と戸惑う環士にマリイが補足する。
「ドルド丸は正式名称が“レッカのドルド丸”。ここからの脱走者。プリンセス・プラージュはドルド丸の護衛ユニット」
「へえ……」
やはりなにを言っているのかわからない。
マリイが歩きながら続ける。
「レッカのドルド丸はマリイたちの大切なものを持ったまま逃げたので追いかけてる。プリンセス・プラージュはドルド丸が自分の身を守るために発動させた太陽エネルギーを構成材とする護衛ユニット。どっちも作ったのはマリイだけどね」
まだわからないが、訊き返すほど説明は詳しくなり、余計にわからなくなることを察して頭の中で補完する。
この荒野から逃げた雪だるまを三人が追ってて、雪だるまが自分を守るために発動させたのが白いのっぺらぼう――ということらしい。
半ば無意識につぶやく。
「夢にしちゃツジツマが合ってんな」
マリイが笑う。
「夢の中だと思ってるのか」
「違うのか?」
「違うよ」
あっさり答えるマリイだが環士は信じていない。
夜の学校でイカ男になって、この怪しげな三人と雪だるまを捕まえようとして、変身ヒロインに吹っ飛ばされて、気付けば荒野にいる――これが夢でなくてなんなんだ。三人のうちのひとりがそれを否定したからとて“夢世界の存在”が言うことなどあてになるものか。
とはいえ――それに食い下がっても意味はないと自分を納得させる。
そして、改めて周囲の荒野を見渡してつぶやく。
「じゃあ、改めて訊くけど……ここはどこだ?」
答えたのは、やはりマリイ。
「さっきテレインが言っただろ。マリイたちの家だよ。他に言いようがない」
「“家”じゃダメなのー?」
テレインが無邪気に問い掛ける。
「夢じゃないなら地名くらいあるだろ」
少し意地の悪い笑みを浮かべる環士へマリイが返す。
「名前なんてのは他と区別するためにつけるもんだ。“家”で十分。必要ないだろ。いや、待てよ」
思いとどまったように環士を見ながら考える。
「外部の人間と関わりができた以上は名前が必要になるのか。そうだな。考えておこう」
そこへテレインがにこにこと。
「環士って、よくしゃべるねえ――」
“そういや、そうだな”と自分でも思うが“夢の中でまで自閉モードでいる必要もないだろ”と自身にいいわけをする。
さらに続くテレインの言葉に、ここが夢の中であることを改めて認識する。
「――部室じゃずっと黙ってたのにねー」
夜の学校で初めて出会ったテレインが放課後の部室における環士の様子を知っているはずはない。
そもそも、環士の名前を知っていることも有り得ない。
それらを知っているとしたら、テレイン自体が“環士の記憶が作り出した夢の中の存在だから”に他ならない。
やはり、ここは夢の中だ、語るに落ちたな、くっくっくっ――環士は少しだけ得意顔でテレインを見下ろす。
「夢の中だからな」
「まだ言ってる。きひひ」
笑うテレインにマリイが。
「よくしゃべるのは肉体だけじゃなくて性格制御もやってるから、そのせいだろ」
テレインが首を傾げる。
「性格制御……て、なあに?」
それまで黙って歩いていたフィーマが振り向いた。
「成功したのか?」
ずっと環士たちの会話を聞いていたのだろう。
マリイが目線をテレインからフィーマへ向ける。
「完全にはできなかった。できれば“忠誠心”まで持って行きたかったんだけど“仲間意識”を植え付けるくらいまでしか。しょうがないさ。肉体制御を優先したからな」
フィーマの目がちらりと環士を見て、マリイへ戻る。
「信用できるのか」
「とりあえず一緒に行動するし、それを監視と考えりゃ仲間意識で十分だろ。念のため、用意してるものもあるが……」
やがて、進む先に高さが二メートルほどの四角い柱が四本見えてきた。
距離が詰まるにつれて、それは柱ではなく教室にある掃除用具入れのロッカーだとわかる。
マリイがそのうちのひとつを開く。
「じゃ、先に準備しとく」
フィーマが頷く。
「頼む。あとで行く」
テレインがマリイに手を振る。
「じゃーねー」
そして、マリイの姿がロッカーに消えるのを見送って環士を見る。
「環士はこっちだよ」
「あ? うん」
すでに歩き出しているフィーマをテレインに促されて追いかける。
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