第1話 三人の侵入部員(その4)

 次に目覚めた時、薄暗がりの中に立っていた。

 うっすらと浮かぶ周囲の様子に見覚えはある。

 思い出すまでもなく、ここがどこなのか理解する。

 学校の生徒玄関である。

 正面のガラス越しに見える外は暗く、非常口を示す緑色表示の光だけがぽつんと浮かび上がっている。

 ふと、暗い中でも周囲を窺うのに不自由さを感じないことに気付く。

 夜の生徒玄関にいること、そして、暗闇でも明瞭な視界――そんな奇妙な状況に疑問を持つものの、すぐにひとつの合理的な解にたどりつく。

 その解とは“今、いるのが夢の中だから”――である。

 そりゃそうだ。

 こんな所へ来た覚えもなければ、来る理由もないのだから。施錠されている夜の生徒玄関に立ち入ることなどできないのだから。

 そんなことを思いながら目についた“廊下の窓ガラスに反射するもの”に違和感を覚える。

 それは異形の怪人だった。

 環士は慌てて身構え、周囲を見渡す。

 しかし、自分以外に誰もいない。

 再度、ガラスの中に目を凝らすと、同様に“異形”が環士を凝視している。

 その様子に、これが自分の姿かと思い至る。

 そして、改めて“ああ、やっぱり夢の中だ”と頷く。

 同時に人の気配を感じた。

 振り向くと、いつのまにか背後から三人の女が環士を見ている。

「戸惑ってる、戸惑ってる」

 ツインテールにセーラーカラーのロリワンピが似合う少女が、楽しそうな声を上げる。

「スペックは問題ないのだろう?」

 感情を抑えた声の女はストレートロングの髪に一八〇センチくらいはある長身だが、巨乳を押さえつけるブラトップとハイレグショーツのようなプロテクター、さらに浮き出た腹筋から女戦士を思わせる。

「ああ。問題ない。視覚もちゃんと機能しているはずだ」

 答えた残るひとりの女はショートヘアにヒザ丈のキャットスーツで、肩からはボディバックと首からはマウントディスプレを提げている。

 三人の異様な風体の女たちは全員が面頬マスクで顔の下半分を覆っていて表情は窺えない。

 その様子に環士は大きく頷いてつぶやく。

「うん。夢だ、夢だ」

 そんな環士に女戦士が声を掛ける。

「行くぞ。イカ男」

 思わぬ言葉に環士が眉根を寄せて自身を指差す。

「イカ男ってのは……ボクのこと?」

 その様子にキャットスーツがフッと笑う。

「当然の反応だよな」

 そして、ボディバッグを開く。

 その中から取り出したのは高さが百五十センチほどのスタンドミラー。

 もちろん、ボディバッグに収まるサイズではないが、環士は“夢の中だから”と気にしないことにする。

 それよりもそこに映し出されているものに意識を奪われる。

 改めて目線を上から下まで移して見つめるそれは、ガラスの中に見た異形であり女戦士の言う通りの“怪人イカ男”だった。

 左右に耳のようなインペラを生やした三角形の頭部、上半身を覆う外套のような白い厚手の皮膚はネオンサインのような光を放ち、その裾からは環士自身の手足とは別に伸びた六本の触手がうねうねと躍っている。

 環士が右手を上げる。

 鏡の中でイカ男も右手を上げる。

 続けて左手を上げれば左手を、右足を上げれば右足を、左足を上げれば左足を上げる。

 改めて目を凝らせば足元は初めて見るブーツを履いているが、下半身は見慣れたいつもの部屋着である。

 そのことからも鏡の中のイカ男が自身の姿であることを理解する。

 それでも驚くことはない、夢なのだから。

「ボクがイカ男なのはわかったけど……」

 興味深げににこにこと見上げているロリワンピと目が合った。

「みなさんは何者どちらさんで?」

 ロリワンピが声を上げる。

「あたし、テレイン」

 イカ男と化した環士は残るふたりの長身へ目線を促す。

 キャットスーツの女がスタンドミラーをボディバッグへ収めながら返す。

「マリイだ」

「……」

 女戦士はなにも言わず、じっとイカ男を見ている。

 代わってテレインが答える。

「フィーマだよ」

 女戦士のフィーマが改めて背を向ける。

「行くぞ」

「どこへ?」

 問う環士――イカ男に女戦士は振り向きもせず、背中越しに答える。

「捜し物、だよ」


 三人の不審な女に従って夜の学校を徘徊する。

 環士にとって夜の校舎はもちろん初めてである。

 南校舎の二階に上がってすぐの所で先頭のフィーマが立ち止まり、声を潜める。

「いた」

 最後尾のイカ男が三人の目線の先に目を凝らす。

 そこは理科室の前だった。

 理科室の廊下側はショーウインドウのようになっていて、小型の爬虫類や両生類や魚類の解剖標本が並べられているという、ある意味で悪趣味な構造になっていた。

 それゆえ、人通りがない昼間でもあまり通りたくないという生徒がいるが、夜になると悪趣味感が倍増することは言うまでもない。

 その理科室前の廊下にふらふらと浮遊しているものがある。

 それは二十センチほどの雪だるまに、短い手足が付いたファンシーなキャラクター。

「なんだ、あれ」

 イカ男がつぶやいたのと同時に、雪だるまがこっちを見た。

 同時にフィーマが叫ぶ。

「捕まえろっ」

 戸惑うイカ男の触手が雪だるまへと空を切る。

 雪だるまが短い手足をばたつかせて空中で姿勢を変え、交差する触手をかわす。

 さらにイカ男の額からイカの漏斗を思わせる“砲身”が伸びる。

 そこから“ぶしゅ、ぶしゅ、ぶしゅ”と撃ち出されたのは三つの墨の塊。

 墨は雪だるまのかたわらでひとまわり小さい黒いイカ男へと形状を変える。

 伸ばした触手も飛ばした墨塊も、いずれも環士の意思を経ることなく勝手に身体が動いていた。まるで自分が生まれた時からこの姿であったかのように。

 不意に、三体の黒い“分身イカ男”に囲まれた雪だるまの全身が発光した。

 マリイが声を上げる。

「やべえっ。急げっ」

 その声を受けたイカ男は、自覚のないまま雪だるまを捕獲するべく触手と分身を操る。

 触手の一本が雪だるまをかすめて、喉元に飾ったアクセサリーを引きちぎった。

 同時に雪だるまの正面へ人影が現れた。

 全身が淡く発光しているそれはジャケットにミニスカート、そして、ガントレットにロングブーツ、さらにティアラ。

 一見すると変身ヒロインにも見えるが、全面をマスクに覆われたその顔面は目も鼻も口もないのっぺらぼう。

 その人影が叫ぶ。

「シャイニング・バーストっ」

 ティアラから放射された光がイカ男の触手と三体の黒い分身イカ男を消滅させる。

 さらに、戸惑うイカ男へ変身ヒロインが拳を突き出す。

「プロミネンス・インパクトっ」

 その拳から撃ち出されたのは火球。

 火球は一直線に空を裂き、イカ男に着弾する。

 そして、発火。

 全身にまわった炎に焼かれながらイカ男・環士の意識が遠ざかる。

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