第4話 秘密の関係(その2)

「どう? どうって……いい子だねえ。三人とも」

 穏やかな表情で返す。その表情はまるで、仲のいい友人か妹を思い出したかのように。

 しかし、それが逆に環士の不安を煽る。

「いい子、か」

 “あの三人”が“グマイジアの三姉妹”であることを知っている環士としては、なにも知らない紗登子の表情が哀れですらあった。

 “あんまり信じていい連中じゃないんだよ”と告げたかった。

 そんな環士の心中が表情に出たのか、紗登子が少しだけ不安そうな表情で問い返す。

「どうして?」

 何気なく答える。

「いや、意外とあの三人って隠してる顔があったり……」

 同時に勢いよく扉が開いて地依子が飛び込んできた。

「わっすれものー」

 驚いて目を向ける紗登子と全身を硬直させる環士に構わず、地依子は自分が座っていた机を覗き込む。

「あれっ、ないなー」

 そこへあとから入ってきた海唯子が声を掛ける。

「ごめ、地依子。私が預かってたわ」

 言いながら小さな小銭入れをぷらぷらと掲げて見せる。

「でしょー。もー」

 頬を膨らませた地依子が駆け寄って受け取る。

 その向こうから風羽子が環士を睨み付けている。

 強く、険しく。

 その目線が“余計なことを言うな”と環士に告げている。

 地依子が紗登子を見る。

「なんの話してたのー」

 紗登子が穏やかな笑みで返す。

「三人がとってもいい子だって」

「きひひ。いい子だよー。特にあたしー」

 海唯子が環士を見る。

「まだ、帰らないのか?」

 その目は意味ありげに笑っている。“サトコになにを言おうとしてたのか知ってるぞ”とでも言うように。

「帰るよ」

 憮然と答える環士に合わせるように、風羽子が海唯子と地依子に声を掛ける。

「私たちも帰るぞ」

「はーい」と地依子。

「おう」と海唯子。

 地依子が紗登子に手を振る。

「じゃあね、サトコ。今度こそ、また明日ー」

「ばいばい、地依子ちーちゃん」

 手を振り返した紗登子は“よし”と小さくつぶやいて自分の席に戻ると活動日誌に取りかかる。

 そんな紗登子に環士は――

「じゃ、お疲れさんでした。お先ッス」

 ――声を掛けて部室を出た。

 そして、その場で立ち尽くす。

 扉のすぐ前で三人が待ち構えていた。

 環士はあえて気にしない風を装い、三人を黙殺して生徒玄関へと足を進める。

 その後を三人がついてくる。

 背後からのしかかってくる無言のプレッシャーを感じた環士は、しばらく歩いたところで耐えかねて振り向く。

 同時に風羽子がささやく。

「余計なことを言うな」

 “やっぱりか”と思いながら言い返す。

「どうせ本当のことを言ったところで信じないんじゃないのか」

 もちろん、最初にフィーマとマリイが環士の部屋を訪れた時の言葉である。

 その発言をした当事者である海唯子が答える。

「信じないだろうよ。ただ、変な先入観をあたえかねないからな。せっかく“ただの転校生”としての印象だけを与えてるんだ。黙ってろ」

「へいへい」

 なおざりに返しながら、環士は改めて考える。

 紗登子は“なにも変わったことはない”と言った。

 その言葉から、ドルド丸の話を信用するしかない。

 “ドルド丸と紗登子には、なんの関係もない”という話を。


 いつもどおり閑散とした生徒玄関で靴を履き替えながら、環士はいつのまにか三人の姿がないことに気付く。

 生徒玄関のシューズロッカーは学年ごとに分けられているので環士がいる二年生エリアに一年生の三人がいるわけはないのだが、それでも三人の話し声すら聞こえないことに奇妙な違和感を覚える。

 その違和感にじっとしていられず、一年生エリアを覗いてみる。

 クラブ活動が終わった時間帯ではあるものの、二年生が三年生の機嫌取りに奔走しているこの時間、一年生は一年生で清掃や道具の整備といった仕事があるので、やはり、一年生エリアには誰もいない。

 とっとと帰ったのか?――と、生徒玄関から正門を見渡してみるが、そこにも人影はない。

 ただ、環士は気付いていない。

 生徒玄関の奥にある地下への階段から異様な気配が漂っていることに。

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