第4話 秘密の関係(その1)

 未明に不審者が仕掛けていったカメラは不審者当人の自供に基づき、翌早朝に女教師と女性警官が押収を済ませていた。

 生徒たちに対しては朝のショートホームルームでトイレや更衣室は当然のこととして、それ以外の場所においても不審物を見つけた場合はただちに職員室に連絡することとの注意喚起が行われるに留まったが、具体的な侵入者の存在について触れなかったのは不要な混乱や無闇な不安をあおりかねないとの配慮からだろう。

 とはいえ、警察の検証が行われたり朝刊紙に記事が掲載されたりした以上は、それだけで済ませるわけには当然行かず、後日警察の捜査終了を待って詳細をまとめたプリントを生徒と保護者へ配布するということでひとまずの騒動終結が図られた。

 なお、当日のクラブ活動について“本件は部活動中の事件や事故というわけではない”ということで通常どおりに行われることとなった。


 そんな放課後。

「お疲れさまでした」

「お疲れさまでしたあ」

 クラブ活動の時間が終了した。

 いつもなら地依子を先頭にそのまま帰っていく三人だが、その地依子がにやにやと環士を見ている。

「今日は、ずっとちらちら風羽子を見てるよね、よね?」

「み、見てないよ」

 否定する環士だが、目線が思わず風羽子に向いた。

 風羽子は環士と地依子を見ている。

 ネコのような目と眉間にしわを刻んだ険しい表情はこれまで通りだが、ひとつだけ決定的に違うところがある。

 今日の風羽子は長い髪を束ねてアップヘアにしていること――である。

 最終の授業が体育だったことでそのまま髪を下ろさずに来たらしい。

 海唯子が笑う。

「髪を上げた風羽子にときめいちゃったんじゃね」

「んなことない、んなことない」

 言い返しながら、環士は自問する。

 ときめいたか? ときめいてない。目を惹かれたことは否定しないけれど。

 そもそも、同じクラスにはポニーテールの女生徒もいるし、この場にはツインテの地依子もいることから女子の襟足が珍しいわけではないのだ。

 確かに初めてロングヘアを上げた風羽子の姿には、常時、首筋をオープンにしてるポニテ女子や地依子とは違うインパクトがあったけれど――ただ、それだけのことである。

「くだらないこと言ってないで帰るぞ」

 苛立った声で部室を出る風羽子に、地依子と海唯子が慌てて続く。

「じゃあね、サトコ。ばいばい」

「はい。また明日ねえ」

 手を振り合う地依子と紗登子を見ながら、環士もスクールバッグを担ぎ直す。

「じゃ、また」

 そう言って部室を出ようとする環士を――

「あ、環士くん、環士くん」

 ――紗登子が呼び止めた。

「はい?」

 立ち止まった環士のかたわらに紗登子が駆け寄る。

 そして、廊下に首を伸ばす。

 つられて環士もその視線を追う。

 三人の後ろ姿が生徒玄関へと遠ざかっていくのが見えた。

「よし」

 小さくつぶやいた紗登子が環士に向き直る。

 そして、思い詰めたような表情で環士を見る。

 その表情に気圧されそうな環士は、そんな空気を払うように問い掛ける。

「なにか?」

 紗登子が目線を外す。

「えっと……もしかして、いづらいとか感じてない?」

 意外な言葉ではあったが、思い当たるところがないわけでもない。

 風羽子、海唯子、地依子の三人が文芸部員となったのは一昨日だが、昨日の環士は草むしりで欠席していた。

 なので、環士にとっては今日が新生・文芸部における二回目の活動になる。

 その二回ともにおいて、環士は紗登子と三人から距離をおくように部室の隅にいた。

 それが紗登子には気がかりらしい。

「急に女子部みたいになっちゃって。その、私もちょっと浮かれてて……」

 こういうところが紗登子らしいなと思う。

 その人柄に惹かれて入部したのだ。

 紗登子が改めて環士を見つめる。

退部やめるとか考えてないよね」

 環士は苦笑交じりに答える。

「考えてない、考えてない。そんなの当たり前じゃないッスか」

 その言葉によほど安心したのか、紗登子は大げさに肩で大きく息をつく。

「よかったあ」

 そして、右手を差し出す。

「頼りにしてるからね。これからもよろしく」

「あ、ああ。はい」

 紗登子の空気に押されるまま条件反射のようにその手を握る。

 その直後、少し冷たく湿った手の感触に我に帰った環士は動揺する。

 手を握っている!

 女の子の!

 もしかして初めてかもしれない!

 その動揺を悟られるのが怖くて、思わず手を離す。

 紗登子はそんな環士のリアクションが意外だったのか首を傾げる。

「環士くん?」

「いや、ちょっと、びっくりしたから」

 うろたえながらいいわけをして、さらに動揺を隠すべく話題はないかと脳内を引っかき回す。

 そこで無意識に掴み上げた話題は――。

「それよりも、最近、変なことないッスか」

 “変なこと”とは、もちろん、ドルド丸の関与を指す。

 ドルド丸は紗登子のことを知らないとは言っていたけれど、どこまで信用していいのかはわからない。

 さらに、ドルド丸は知らなくても紗登子の方から軽い気持ちで間接的に関わっている可能性もないわけではない。“間接的な関わり”がどういうものかは思いつかないけれど。

「変なこと? 別にないけど」

 予想外かつ漠然とした問い掛けに、紗登子は“なんの話?”と環士を見る。

「いや、なけりゃいいんだけど……。本当に?」

 念を押すように繰り返す環士に笑ってみせる。

「ないよ。いたってフツーの日々」

「うん。じゃあ、いい。それでいい」

 その言葉を噛みしめるようにつぶやきながら頷く。

 そして、この際だとばかりに訊いてみる。

「あの三人って、どう?」

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