第8話 決 戦(その5)
不意にその回想が全身を襲う激痛に中断させられた。
テレインがドルド丸の身体を左右から捕らえた両手に力を込めて引っ張っている。
「イヤ、だ、マル。紗……登……子」
次の瞬間、ドルド丸の体が左右に引き裂かれた。
呆然と見ている紗登子と環士の前で、ドルド丸を構成していた光綿とともにペットボトルのような筒――封熱筒が飛び出す。
テレインはドルド丸の切れ端を投げ捨てると封熱筒を受け止め、抱きしめる。
そして――
「ついに回収したぞ、封熱筒。あは、あははははははは……」
――さっき以上に笑う。
ドルド丸の悲惨すぎる最期に、我に帰った紗登子が――
「あ……あ……あ……」
――泣きじゃくる。
環士が戦慄し、立ち尽くす。
その背後からフィーマが静かに歩き出す。
向かった先には耳を塞ぎ、顔を伏せている池月優里。
フィーマは優里の手元から録画状態のスマホを抜き取り――
「今夜ここで見たことを誰かに話したらオマエもこうなる」
――スマホを握り潰す。
その背後ではマリイがボディバッグから伸ばしたホースに散らばったドルド丸の残骸と、さっきまでママだったヘビの死骸を吸い込ませている。
「これで、よし」
マリイは、自分たちが存在したことの痕跡が一片たりとも残ってないことを見渡して、ホースをボディバッグに収める。
そして、代わりに一本の注射器を取り出す。
その注射器を“ママの登場”から“テレイン乗っ取り”を経て“ドルド丸の最期”と続いた
慌てて振り返る環士に、マリイがにやあと笑う。
「毒だよ」
毒?
また?
環士にうろたえる隙すら与えず続ける。
「プリンセス・プラージュのプロミネンス・インパクトと同じ効果がある。まだ環士の中に残っている“赤潮男”成分をすべて消し去り、肉体のダメージもリセットする。そして、環士はいつもどおりに自分の寝床へ強制転送される。こうしないと帰れないだろ」
確かにこの時間の寮は施錠されていて、帰ったところで入ることすらできない。
「あのふたりは」
震える優里と、優里に寄り添って泣いている紗登子を見る。
「大丈夫だろう。帰る経路をそれぞれが確保しているんじゃねえの」
優里がどういうつもりでここにいるのかはわからないが、こっそり家を抜け出してきたか、あるいは生徒会の仕事と家族に嘘をついて泊まるつもりで来ているかのどちらかだろう。帰るなら帰宅経路を、泊まるなら宿泊場所――どうせ生徒会室だろうが――を確保している事は想像に難くない。
紗登子はいつもどうやって帰っているのか、環士は知らない。
ドルド丸に送り返してもらっていたとしたら、ドルド丸がいなくなった現状は帰る方法を失ったことになる。ただ、しっかり者の紗登子なら自宅の鍵を持ち歩いているか、今回のような非常事態に備えて家の周囲に鍵を隠していてもおかしくはない。
自室の鍵は持っていても建物自体の鍵を持たない寮暮らしの環士とは違って、紗登子は自宅暮らしなのだから。
そんな思案を、背後から掛けられたフィーマの声が中断させる。
「プリンセス・プラージュがサトコだったことも予想外だが、……それ以上に環士がサトコを好きだったとはな」
環士はフィーマを振り返る。
同時にフィーマが解いたロングヘアがばさりと下りた。
その前髪の間から環士を見つめる瞳に、これまで見たことのないフィーマの感情が見えた気がした。
その直後に毒が効いてきたのだろう。
環士の視界が暗転した。
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