第9話 手紙と贈り物(その1)

 寮に住んでいる以上は、私生活のスケジュールもそれなりに管理されている。

 なので死闘の余韻を引きずってはいても、何事もない風を装っていつも通りの時刻に起きて、顔を洗って、食堂で朝食を済ませて登校準備を整えねばならない。

 スマホの時刻表示は七時を過ぎた頃――。

 クラブ活動の朝練組が寮を出るのにちょうどいい時刻だが、始業までに学校に着けばいい環士にとってはまだ早い。

 自宅組なら家を出る時間から逆算して起きるのが当然だが、そこは集団生活である以上は多数派の生活サイクルに合わせざるを得ない。ましてや寮に住んでいる中で朝練に無関係な“少数派”どころか“唯一”の住人が環士なのだからしょうがない。

 ぼんやりと窓から差し込む朝日に舞うほこりを眺める。

 そして、考える。

 プリンセス・プラージュは宮村紗登子だった。

 そんな思わぬ事実が露見したものの、それゆえにわからないことも増えた。

 そもそも、なぜ宮村紗登子がプリンセス・プラージュなのか。

 いろいろと話がしたい、話を聞きたい、話を聞いてほしい。

 とはいえ――。

 その一方で、どんな顔で会えばいいのかわからない。

 なにしろ、知らぬこととはいえ自分はプリンセス・プラージュとは敵対する存在であり、拳を交えた間柄であり、さらには、紗登子――プリンセス・プラージュが“守り続けてきたもの”を奪わせる好アシストを果たしてしまったのだから。

 あれから紗登子はどうしたのだろう。

 無事に帰れたのだろうか。

 暗い廊下で優里に寄り添い、泣いていた姿を思い出す。

 そして、考える。

 紗登子にとって自分はどんな存在なのだろう、どんな風に見えているのだろう――と。

 その時、メールの着信に気が付いた。

 紗登子からだった。


 メールは謝罪から始まっていた。

 以前、部室で“変なことはないか”と問う環士に“なにもない”と答えたけれど、そこに騙す意図はなかった。これは、まさか環士の言う“変なこと”がドルド丸のこととは夢にも思わなかったゆえであり結果的に嘘をついたことになってしまったことを詫びていた。

 続けて、昨夜の“あのあと”について。

 昨夜の帰宅は親に知られることなく無事に成功した。環士が想像した通り、いつ召喚されてもいいように、そして、召喚先で不慮の事態が起きてもいいように、常に家のカギを身につけて眠るようにしていたから、とのことだった。

 そして、本文。

 それは紗登子がプリンセス・プラージュになった経緯とドルド丸から聞いた顛末だった。

 封熱筒を守るためにマリイの手で作られたドルド丸は、それが地球上の生物相をリセットさせる“兵器”であることを知ってグマイジア時空から逃走した。逃走した先は学校だった。そこで追ってきたフィーマ、マリイ、テレインを振り払うべく発動させた“原基”によって生成したのが、偶然にも紗登子を巻き込んだプリンセス・プラージュだった。

 それらがいかにも文芸部部長らしく、さらには、小説投稿者らしく描写されていた。

 そんなメールは“改めて今後について話をしたい、ついては部室で待っているので始業前に来てほしい”という文で締められていた。


「……なるほどね」

 メールを読み終えた環士はベッドにごろりと仰向けになってため息をついた。

 知らない間に大変なことに巻き込まれていたらしい。

 それも人類滅亡レベルの。

 紗登子が封熱筒を守り切れなかったことに責任を感じていることはメールからも読み取ることができた。そして、なんとかしようと考え、そのために環士を頼っていることも。

 紗登子にとって環士は敵対する存在ではあったが、そんなことを言っている場合ではないと判断したのだろう。

 これまでの相棒ナビでもあったレッカのドルド丸を失い、ただの女生徒になってしまった紗登子にとって、この一大事を相談できる唯一の存在が環士なのだから。

 スマホがアラームを鳴らす。

 いつのまにか寮を出る時刻になっていた。

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