第7話 折檻娘(その3)

 環士とテレイン、マリイがママのいるストーンサークルへ入ったのは、それから二時間後のことだった。

 その間、三人はひとまずグマイジア時空を離れて駅前のショッピングモールにいた。

 テレインの出した条件とは“同級生の話題にたびたび登場するショッピングモールとやらへ行ってみたい”というものだった。

 ショッピングモールでは学校帰りの高校生や務め終わりの会社員、あるいは家族連れで賑わう中をウインドウショッピングとゲームセンターとファストフードをハシゴしただけでしかなかったが、それでも常にギリギリ状態である環士の財布には壊滅的な打撃を与えた。

 “これ以上の出費は容認できない”と帰還を促す環士に対して、地依子テレインは“最後に書店でマンガ雑誌を買って帰りたい”と言いだした。

 当然のように難色を示す環士だったが、それが“実は少女マンガが好きなフィーマへのお見舞いだ”と聞かされれば折れざるを得なかった。テレインなりにフィーマを慕い、心配していることがわかったのだから。


 学校へ戻ったのは二十時を過ぎた頃だった。

 とっくに生徒玄関は施錠されているため、当然のように今は一台も残っていない生徒用の自転車置き場から校舎への通用口を海唯子マリイ手製のピッキングマシンで解錠して侵入する。

 そして、まだ残っている教職員に見つからないように雑品庫を経てグマイジア時空へ入る。

「そういえば、だけど――」

 ロッカーを出てすぐに姿を海唯子から戻したマリイに環士が声を掛ける。

「――協力者捜しってどうなってる?」

「ああ、あれか」

 マリイがママの待つストーンサークルへと歩きながら渋面で答える。

「まったく進んでいない。どう進めたものかすらわからない」

 そして、ママへのお土産を手に上機嫌で前を歩くテレインの後ろ姿を見たまま続ける。

「そもそも本当に存在するかどうかもわかってないしな」

 環士はそんなマリイの言葉から紗登子の関与がまだばれていないことを知り、内心ほっとする。


 ストーンサークルの奥、玉座には変わらず一匹のヘビ――ママがいた。

「ただいまあ」

 テレインが駆け寄る。

 しかし――。

「こんな遅くまでどこに行ってたんだい」

 応えるママの口調は、明らかに不機嫌さを漂わせていた。

 さらにテレインの後を追って玉座の前へ進んだ環士に、爬虫類特有の冷たい目を向ける。

 そして、以前フィーマに向けた時を思い出させる冷淡な口調で問い掛ける。

「またオマエか。フィーマのみならずテレインまでたぶらかしてなにがしたい」

 すかさずテレインがママをなだめる。

「大丈夫だよ。なんにもされてないし。あと、お土産だよー」

 ファストフードのロゴが入った紙バッグを掲げてみせると、中からがさがさとエッグバーガーとポテトを取り出し、ママのいる座面に並べる。

「おお、おお。テレインはやさしいねえ」

 環士はママの口調が戻ったことに“やはり、テレインと一緒で正解だった”と胸をなで下ろす。

「でね。ママにお願いがあるんだー」

「なんだい。言ってごらん」

「フィーマを許してほしいの」

「あ゛?」

 持ち上げた頭をぐるりとまわして環士を見る。

「オマエの意向か」

 環士は頭を下げる。

「お願いします」

 そんな環士へのママの返事は。

「いやらしい」

「は?」

 環士は嫌悪感を隠そうともしない口調で放たれた言葉に耳を疑う。

 ママが続ける。

「どうせフィーマの身体が目当てなのだろう。それが諦められずに、こんな小賢しいマネを」

 その口調は冷酷というよりも明らかに軽蔑を含んでいた。

 環士が慌てる。

「ち、違います」

「どう違うというのか」

「フィーマがいないとドルド丸を捕らえることができません。それだけです」

 それは事実であり、また、環士の本心だった。

「本当にそれだけか」

 いかにも信じてない口調のママに環士は即答する。

「それだけです。確かに昨夜はフィーマがボクの部屋に来ましたが、ママが考えているようなフシダラな目的でもなければ、そんな行為もありません」

「ならば、フィーマはなにをしに行ったのだ」

 それまで黙ってママと環士のやりとりを聞いていたマリイが参戦する。

「マリイが勧めたんだよ」

 ママ――ヘビの頭がぐりんとマリイに向いた。

「マリイが?」

「ドルド丸が生意気にもこっちの仲間割れを誘導しようとしてたんでね。“裏切ったらタダじゃ済まないと釘を刺しといた方がいいんじゃね”とフィーマに言ったんだよ。いくらフィーマが糞真面目とはいえ、本当に行くとは思わなかったけど」

 その言葉に環士は感心する。

 “マリイに言われて来た”というのはフィーマの嘘だった。しかし、この場はマリイが行かせたことにした方がフィーマの罪は軽くなる。マリイはそう考えて援護射撃に出たのだろう。

 ママの目が環士に戻る。

 そして、忌々しげに吐き捨てる。

「マリイまでも手なずけたか」

「いや……」

 否定するべく口を開きかけた環士を遮り、マリイがせせら笑う。

環士こいつはドルド丸奪還の――対プリンセス・プラージュ用の“対応兵器”。そんなのに手なずけられるマリイじゃないよ」

 さらに続ける。

「仮にこいつがマリイを意のままにできるなら、最初にやることは自分に埋められた毒カプセルを解除させることであってフィーマの命乞いをさせることなわけないし」

 ママは改めて環士を見る。

 一瞬、その目に殺気を感じて顔を伏せそうになった環士だが堪える。

 耐えて、じっと真正面からママを見る。後ろめたいことはない、隠していることはないという意思表示として。

 そんな環士をマリイが支える。

「こいつがママに助けを求めるのは、フィーマを仲間だと思ってるから。そして、その感情はフィーマの巨乳カラダに欲情したゆえではなく、マリイの施した性格制御が問題なく稼動して効果を発揮しているから。逆に言えば性格制御が機能している以上、マリイたちを誑かそうなどということは考えないし、さらには“仲間”であるマリイたちが敬愛するママの望む結果――“ドルド丸を捕獲するため”という言葉に嘘はないかと」

「……」

 ママは忌々しげに環士を見る。

 一方の環士は考える。ここで間が開けばマリイの援護射撃を不意にしかねない、今こそ一気に畳みかけねばならない、と。

「フィーマとはなにもないし、感情的にもママが心配しているようなことはありません。フィーマがボクの部屋に来たのはマリイが言った通りであって、それは一刻も早くドルド丸を捕らえてママの期待に応えること、ママを喜ばせること、ママに褒めてもらうことが目的で……。フィーマはそれしか考えてないんです」

 環士自身にも意外だったのは、それが考えて出た言葉ではなかったということである。

 そもそも、環士は交渉事の経験など人並み以下にしかない。他人に期待しない環士にとって、交渉することは無駄以外の何物でもないのだから。そんな自分が畏怖すべきママを相手に押しているとは……。

 ママがマリイを見る。

「この言葉をどう思う」

「“言われてみれば、なるほど、もっともだ”と言ったところかな。確かにフィーマらしいなと」

 ママが環士に目線を戻す。

 そして、少し考えて赤い舌をちろりと覗かせて告げる。

「必ずドルド丸を連れ戻すことを約束できるか」

 環士は即答する。

「もちろんです。フィーマさえ解放してもらえれば」

「もし、できなければオマエにもフィーマと同じ責め苦を受けてもらう。その覚悟はあるか」

「受けましょう」

「……ならば、解放しよう」

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