第7話 折檻娘(その2)
扉の向こうはグマイジア時空だった。
周囲には、今、自分たちが出てきたのを含めて四台のロッカーが並んでいる。
「雑品庫から
そこは初めて来たときにマリイと別れた場所であり、その後、フィーマに連れられてマリイの“手術室”へ案内された場所でもある。
ひとりごちる環士のかたわらで、海唯子と地依子がターンしてマリイとテレインに姿を変える。
マリイが一台のロッカーを開いて“中を見ろ”と環士を目で促す。
テレインがささやく。
「フィーマの部屋だよ」
「フィーマの?」
訊き返しながらロッカーの中へ目を向けた環士は、目に飛び込んできた光景に全身を硬直させる。
ベッドと小さなテーブルがあるだけの狭小な部屋で、向かいの壁には四肢を伸ばされたフィーマが
ずっと顔の下半分を覆っていた面頬はなく、代わりに
環士は予想外であり、そして、これまでの人生で初めて見る異様な光景に、身体を震わせながら“本当にこれがフィーマなのか?”と、身を乗り出す。
その環士をマリイが制止する。
「
環士が震える声でマリイを振り返る。
「なにがあって、こんなことになってるんだ」
答えたのはテレイン。
「ママに怒られたんだよー」
環士はテレインを見下ろしながら最初に訪れた時のこと――“今度テレインになにかあったらただじゃおかない”という
テレインとフィーマを見比べながら訊いてみる。
「また、どっかで転んだのか」
即座にテレインが否定する。
「あたしじゃないよー」
マリイが口を挟む。
「環士だよ」
「ボク?」
“なにが?”とばかりに問い返す環士へマリイがため息をつく。
「カニ男がやられたあと、フィーマが環士の部屋へ行っただろ」
「来た。マリイに言われて来たって」
マリイは少し驚いた表情になる。
「んなこと言ったのか」
その表情はもちろん環士にとって意外なものだった。
「え、違うのか」
「違うよ。私が言ったならそんな面白そうな現場についてかないわけがないだろ」
「た、確かに」
納得して先を促す。
「で?」
マリイがぐったりと動かない磔のフィーマに目をやる。
「ママの逆鱗に触れたんだよ。“ママに隠れて男の部屋に行くようなフシダラな娘に育てた覚えはない”ってな」
「フシダラって……」
環士はその言葉に呆れたような目線をフィーマに戻す。
しかし、フィーマのぐったりとしている様子にそれどころではないと思い直す。
「大丈夫なのか、フィーマは」
「大丈夫なわけない。生命エネルギーの供給も遮断されてるから長く続けば――死ぬかもな」
「じゃあ、早く解放してもらわないと」
環士の目がフィーマのロッカーから、ママのいるストーンサークルの方角へと向く。
マリイが淡々と問い掛ける。
「どうやって?」
環士が“考えるまでもない”と答える。
「ボクが話をする。誤解してんだろ。フシダラなことはなにもしてないし、なにもなかったし。そもそもフィーマが来たのだってフシダラ目的じゃないし」
言ってから自分の言葉に耳を疑う。それは普段の環士なら絶対に出ない言葉であり、絶対にとらない行動なのだから。
フィーマを助けるためにママを説得するだと? このボクが? 自分のことですら意見を通すことなど諦めているのに、それを他人を助けるためにやろうとしてるのか? ありえない、ありえない……。
しかし、すぐに思い当たる理由がある。
マリイが施したという性格制御である。
これまでの環士にはありえない決断をいとも簡単にさせるくらい、その効果は絶大なのだろう。
そんなことを思う環士に、マリイがひとりごちる。
「なるほど。それは面白いかもしれない」
そして、環士を見る。
「マリイたちにとってママの言うことは絶対だからな。提言すら許されない。しかし、“外部の者”である環士なら逆に口を出せる。そこで絶対者のママがどんな反応をするか見てみたい気はする」
さらにぼそりと付け加える。
「ママの機嫌を損ねる結果になっても悪いのは環士だしな。マリイたちは関係ないし」
本来ならその言葉に呆れるか不快感を示すところだろう。
しかし、環士は自分でも気付かないうちに頷いていた。
「任せろ。ボクが全部悪者になってやる」
「とはいえ――」
マリイが渋面でつぶやく。
「――いきなり、当事者の環士が行くのはリスクがでかいかな。“火にガソリン”どころか“臨界量のウラン燃料に中性子”みたいなもんだ」
テレインを見下ろす。
「ここはやっぱテレインに突破口を開いてもらう方が安全じゃね?」
環士も納得する。確かに“部外者”であり“元凶”ということになっている自分が突撃するよりも、溺愛しているテレインに糸口を作ってもらえれば心強い。
環士がテレインに頭を下げる。
「頼んでいいか?」
「いいよ」
あっさりと答えるテレインに少し肩すかし気分の環士だが、続く言葉に気を引き締める。
「でも、条件聞いて」
「お、おう。言ってみろ。いや、なんなりとお申し付けください」
同じ頃――。
部室ではドルド丸が活動日誌を書き終えた紗登子に詰められていた。
もちろん、昨夜の色仕掛けがまったくの不発だったことに対してである。
「だから、私はイヤだって言ったのに。だいたい、蛍にも参考資料を借りた時に言われたんだよ。“今のご時世にステレオタイプの色仕掛けキャラなんてポリコレ的にもどーなんだろうね”って。その時点でやめときゃよかったよ」
頬杖で口をとがらせる紗登子に、机の上にぺたりと座ったドルド丸がうなだれる。
「ごめんだマル。まったく通用しないとは思わなかったマル」
そして、顔を上げる。
「でも、素体が話の通じる相手であることに代わりはないマル。策を弄さず、真っ正面から話し合うことにするマル」
「うん。そうだね」
紗登子が、そっとドルド丸の頭を撫でる。
「私もそれがいいと思う」
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