第3話 学校会談(その2)

 寮へ帰った環士はロッカーの前にスクールバッグを放り出すと、着替えもせずに机の抽斗ひきだしを開く。

 文房具を始めとして様々な小物が放り込まれているその中に――あった。

 ポケットから取り出したドルド丸のアクリルキーホルダーと“それ”を机の上で並べてみる。

 細かい部分に違いはあるが、明らかに同じ意匠デザインのものだった。

「なぜ、これをドルド丸が持っている?」

 朝の理科室前で浮かんだ疑問をつぶやいてみる。

 そして、改めて抽斗から取り出したキーホルダーに目を落とす。

 それは九箇月前、文芸部に入った翌日に紗登子からプレゼントされたものだった。


「私が作ったんだけど……プレゼント」

「部員章みたいなものッスか」

「あ、そうだね。うん。そんな感じ」


 そんなやりとりがあったことを思い出す。

 ちなみに環士はもらってすぐに部屋の抽斗にしまい込んでいたが、別にぞんざいに扱っているわけではない。

 むしろ、逆である。

 環士には大切なものほど隠すクセがあった。

 自分にとって大切なものが他人から見ても値打ちのあるものなら、盗まれるか取り上げられる。他人から見て値打ちのないものなら親に捨てられる。

 どちらにしたって人目にさらすとろくなことはない。

 そんな連中に囲まれてこれまでの人生を送ってきたのだから、隠したくなるのもしょうがないことなのだ。

 今朝の廊下でドルド丸のキーホルダーを拾った時は自分の持っているものと単に似ているだけに過ぎない、あるいは、似ていることすらも自分の勘違いに過ぎない――そんなことを願っていた。

 しかし、並べてみるとドルド丸の持っていたキーホルダーは、確かに紗登子のハンドメイドだった。

 ということは、ドルド丸は紗登子と関係ある――のか?

 もしそうなら、そして、それをあの三人が知れば紗登子を巻き込むことになりかねない。

 マリイも言っていたではないか。ドルド丸には協力者がいるかもしれない、それを捜している――と。

 紗登子がドルド丸と関係しているとは思えないが、わずかにでも関わっているとしたなら、アホのテレインはともかく、なにを考えているのかわからないマリイや見るからに冷酷そうなフィーマがどんな手を打ってくるかわからない。たとえば、ドルド丸を捕らえるために紗登子を人質にしようとか。

 だから、このキーホルダーの存在は三人から隠さねばならない、三人に知られてはならない。

 とはいえ、ここからどうすればいいのかわからない。

「ドルド丸、か」

 小さくつぶやいて部屋着に着替えると、とりあえず風呂セットと替えの下着を持って部屋を出た。


 いつもどおり入浴と夕食を済ませた環士は、これまたいつもどおり集会室で本棚をチェックする。

 今日の収穫は古いマンガ雑誌が一冊。

 それを手に集会室を出る。

 部屋へ帰る途中にある洗濯ランドリー室では、共用設備である何台かの洗濯機と乾燥機が全力で稼働している。

 それらを前に、空いてない洗濯機にイライラしている一年生がいる。

 ほとんどの寮生は週末に一週間分の洗濯物を持って帰宅し親に洗濯してもらうのだが、中には週末の帰宅に手荷物が多くなるのを嫌がって平日に寮で洗濯を済ませる者もいる。今、苛立っている一年生のように。

 一方の環士はすべての洗濯機も乾燥機も空いていて使い放題の土日を洗濯日と決めていた。

 別に洗濯のために週末を寮で過ごしているわけではなく、寮以外に過ごす場所がないのが環士なのだ。


 部屋へ帰った環士は今日もいつも通りに部屋で洗濯物をバスケットへ突っ込み、バスタオルを干す。

 そして、ベッドで横になり拾ってきた雑誌をぱらぱらと繰るが、内容が頭に入らない。机の上に出しっ放しにしているキーホルダーのせいで。

「よし」

 つぶやいて立ち上がり、ベッドから机に向かう。

 雑誌を机の上に置き、自分のキーホルダーを抽斗に戻してドルド丸のそれをポケットに突っ込む。

 そして、ベッドで横になり、眠りながら召喚の時を待つ。

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