第3話 学校会談(その3)
環士は夜の生徒玄関で、昨夜と同じ状況につぶやく。
「復活イカ男の巻……か」
そこへ声を掛けたのはマリイ。
「ハズレ」
マリイが昨夜と同じく、スタンドミラーをボディバッグから引っ張りだして環士に向ける。
映し出された環士の姿は、昨夜のイカ男よりもずっとシンプルなものだった。
下半身は昨日と同じくブーツと部屋着だが、裸身らしい上半身は腕も胸も腹も見るからにざらざらとしていて、首から上はまさしく爬虫類――ただ、それだけである。
そんな異様な自分を見ても環士は落ち着いていた。これが夢ではないとわかっているにも関わらず。
昨夜のマリイが言っていた性格制御の効果なのだろう。
ということは、昨夜の環士がイカ男となった自身の姿を見てもそれほど動揺しなかったのは“夢だから”だと思っていたが、実際のところは性格制御の効果だったのかもしれない。
「今日はヘビ男かトカゲ男か」
鏡像を見ながらつぶやく環士に――
「ウツボ男だよ」
――マリイが笑う。
「毎回違うのか」
問いながら、鏡の前で大きく口を開けて並ぶ牙のような歯列を見る。
「違うっていうより、昨日は負けてるだろ。新調したんだよ」
「負けるもなにも、いきなり“どかん”って、くらっただけで……」
その言葉に“いいわけしてるなあ、みっともねえ”と思った時、フィーマが口を開いた。
「行くぞ」
そのとなりでテレインも拳を突き上げる。
「いこーっ」
夜の校舎をフィーマ、マリイ、テレインに続いて歩きながら、ウツボ男はふとあることを思い出す。
セキュリティシステムの存在である。
防犯カメラだか赤外線検知器だかが夜の校舎で動くものを捉えた際に警備会社へ自動で通報されるシステムが設置されており、最後に帰宅する教職員が日中の“休止状態”から夜間の“稼動状態”へ切り替えて帰る運用となっていることは多くの生徒が知っている。
つまり、そのセキュリティシステムは現在“稼動状態”のはずなのである。
「昨日の夜もだけど、今ってセキュリティシステムが生きてるんだよな」
独り言が思わず漏れた。
「なーに?」
見上げるテレインに続ける。
「最後に帰った教師が警備会社直通のセキュリティシステムを“稼動状態”に切り替えてるはずなんだ。だから、うろうろしてたら警備会社が飛んでくるはずなんだけど……切ってるのか?」
「触ってないよ」
前を歩いているマリイが振り返る。
「私たちは
「へえ」
現に昨夜もなんの問題もなかったし――そう考えて納得するウツボ男に、改めてテレインが声を掛ける。
「ところでさー、ウツボ男ー」
「ん?」
「サトコにもらったんだけど……。これって、なんだかわかる?」
差し出した手のひらに載っているのは防犯ブザーだった。
ブザー自体は市販のものだが、ぶら下がっているアクリルキーホルダーは環士の部屋にあるもの――そして“昨夜のドルド丸から奪ったもの”と同じ意匠である。
「どうしたんだ、これ」
「今日の部活で、ひとつずつもらったんだー。環士が草むしりしてる間に」
目を向けるとマリイはボディバッグのファスナーから同じものをぶらさげている。
フィーマはどこに?――と、環士が目線を向ける。
三人の中で最も肌を露出させたフィーマはポケットもバッグも持っていない。
その目線に気付いたフィーマは、防犯ブザーをブラトップから引っ張りだしてすぐに押し込んで戻す。
そこへテレインが声を上げる。
「あーっ。ウツボ男がフィーマのおっぱい見てる、おっぱい見てる」
マリイがにやにやと、フィーマが険しい表情でウツボ男を見る。
ウツボ男は動揺を隠さず、おたおたとフィーマとテレインに目線を往復させる。
「み、見てないよ、見てないよ、見てないよ」
「見てた、見てた、見てた」
「見てない、見てない、見てない」
言い合いながら、ウツボ男は“無駄な時間だなあ”と我に帰る。
「そ、そんなことより、これは防犯ブザーだよ。下校時間が遅くなるから心配したんだろ」
こんなものを私費でプレゼントするとは、三人の新入部員がよほど嬉しかったのだろう。
「ふーん、そーなんだ」
まだ、防犯ブザーがなんなのかわかってないらしいテレインが、珍しげにいじっているのを見てウツボ男が慌てる。
「引っ張ると音が鳴るんだけど……引っ張るなよ。止め方わかんないから」
テレインが目線をウツボ男に戻す。
「じゃあ、いつ引っ張るの?」
「身の危険を感じた時?――とか」
「身の危険?」
“その意味がわからない”と眉根を寄せる。
ウツボ男はとりあえず思いつくケースを告げる。
「わけわかんないヤツとか凶暴そうなヤツ……要するに自分に危害を加えそうなヤツが寄ってきた時とか」
「今日みたいな?」
その言葉にマリイが噴き出す。
テレインの言葉とマリイの反応にウツボ男が問い返す。
「今日って……なにかあったのか?」
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