第5話 戸惑い繚乱(その1)

 その夜も当然のように環士は生徒玄関に召喚された。

 今夜の環士は上半身を甲殻で覆い、両手を巨大な鋏脚に変えた怪人カニ男である。

 昨夜同様に手分けして校内を捜索する。

 環士がウツボ男の時に分担制を提案したのはドルド丸と話す必要があったからであり、それを終えた今となっては手分けする意味はない。

 にも関わらず今日も分担制にしているのは、分担制をやめる理由もなければ、やめた理由や提案した理由を勘ぐられるのも都合のいい話ではないという事情に過ぎない。

 今夜、先に遭遇したのはフィーマたちの方だった。

「カニ男ーっ。こっち、こっち」

 呼びに来たテレインに連れられて、窓から差し込む月明かりが照らす廊下を向かった先は体育館だった。

 ここも校内の他の場所と同様に照明が消されて、非常口を示す淡い緑色灯だけがぼんやりと浮かんでいる。

 その中を逃げ回るドルド丸をフィーマが追い、その様子をマリイが見ている。

「つれてきたよーっ」

 テレインの声に全員の視線を浴びながらカニ男が体育館に飛び込む。

「ちょっと様子がおかしい」

 入ってきたカニ男に、マリイが声を掛ける。

「なにが?」

「いつもなら私たちと遭遇するとすぐにプリンセス・プラージュを発動させるのに……」

 そう言って目線を促す。

 確かにフィーマから逃げ回るドルド丸の周囲にプリンセス・プラージュの姿はない。

「なにか企んでいるのかもしれない。気をつけろ」

「おう」

 答えてドルド丸を追うフィーマのもとへと走る。

 ぜえぜえと肩で息をするフィーマに右腕の鋏脚を掲げる。

「替わるぜ」

 荒い呼吸に合わせて肩と腹筋だけでなく大きな胸を上下させているフィーマは、訝しげにその鋏脚とカニ男を見比べる。“なんのポーズだ?”と言わんばかりの表情で。

「知らないのか。タッチだよ、タッチ。ほら、真似しろ」

 戸惑いながらフィーマが掲げた右手に、カニ男が自分の鋏脚をぱちんと合わせる。

 そして、自身が前に出る。

 フィーマは合わせた感触を確かめるように手のひらをさすりながら、ドルド丸に向かっていくカニ男を見送る。


 現れたカニ男を、宙に浮かんだドルド丸が見下ろす。

 そして――

「待ってたマル」

 ――つぶやいて発光する。

 その光が鎮まった時、カニ男の正面にはプリンセス・プラージュが立っていた。

 しかし、現れたその姿にカニ男は違和感を覚える。

 なんか違う?

 警戒するカニ男をフィーマがけしかける。

「ためらうな、捕まえろっ」

「おうっ」

 カニ男はフィーマの指示を受けつつ、マリイの“気をつけろ”という言葉も忘れない。

 口から粘性の泡塊をプリンセス・プラージュへと放ち注意を拡散させながら、慎重に距離を詰めて鋏脚を振り回す。

 この身体における最大の武器は硬い甲殻と重い鋏脚。

 見るからに華奢なプリンセス・プラージュが相手なら近接戦闘での優位は動かない――はず。

 そんなカニ男にプリンセス・プラージュもまた近接戦で応える。


「やっぱ、おかしい」

 そのふたりを見ているマリイが首から提げたマウントディスプレイを装着しながらつぶやく。

「カニ男はイカ男の触手みたいな遠隔攻撃の手段を持ってない。せいぜい泡塊を飛ばして動きを止めるくらいだ。それどころか甲殻と鋏脚からして近接戦こそがカニ男の真骨頂。その真骨頂にプリンセス・プラージュが付き合っている。自分は遠隔攻撃ができるにも関わらず」

 となりでフィーマがひとりごちる。

「今まで発揮する機会がなかっただけでプリンセス・プラージュも近接戦に自信がある、とか」

 マリイはディスプレイの表示に目を凝らす。

 映し出されているのはカニ男目線のプリンセス・プラージュ。

「そのわりには今日のプリンセス・プラージュは動きがぎこちない。いつもみたいな切れがない。特に足技」

「確かに足技を殆ど使ってないな。ローキックをたまに出すくらいか」

 フィーマが同意した時、テレインが声を上げる。

「わかった。コスチュームコスが、いつもと違うからだ」


 テレインが声を上げたのと同時にカニ男も気付いた。

 ジャケットとスカートが昨夜までより明らかに短く、その隙間からアンダーウエアらしきものが覗いている。さらにスカートの下に覗くスパッツが白から黒に変わり、仕様も大腿部の中程まであった三分丈からショートサイズの一分丈に詰められている。そのうえ、フィーマには及ばないものの胸も大きくなっているような気がする。

 それだけではない。

 照明が落ちて非常灯だけの薄暗さに気付いてなかったが目を凝らせば、のっぺらぼうだったマスクの目の位置にはラインストーンやラメ、口元にはルージュらしき紋様、さらに耳元にはキラキラしたイヤリングすら見える。


 そんなプリンセス・プラージュをディスプレイで見ながらマリイが眉をひそめる。

「なにを考えてんだ」

 だが、気付いた。

「わかった」


 マリイがカニ男へ叫ぶ。

「気をつけろっ。今夜のプリンセス・プラージュが狙っているのは――」

 図らずも同時だった。ドルド丸がすいとカニ男に身を寄せて耳元でささやく。

「――色仕掛けだっ」

「仲間になってほしいマル」

「は?」

 思わぬ言葉にカニ男の動きが止まる。

 そこへプリンセス・プラージュがローキックでカニ男の態勢を崩して背後に回ると、身体を密着させたスリーパーホールドで締め上げる。

 カニ男は左右の鋏足でプリンセス・プラージュの両大腿部を抱え上げて、そのまま後方へ倒れ込み、体育館の床に押し潰す。

 そして、緩んだ両腕を振り払い、きらきらと飾られた顔面目がけて泡塊を吹き付ける。

 しかし、すかさず立ち上がったプリンセス・プラージュも、バックステップで距離を取って泡塊の直撃を回避する。


 カニ男とプリンセス・プラージュの攻防に、テレインが声を上げる。

「がんばれ、カニ男ー。イロジカケなんかに負けるなー。でも――」

 マリイを見上げる。

「――イロジカケってなーに?」

「要するに、こういうことだ」

 答えたマリイがカニ男へ叫ぶ。

たぶらかされるなっ。こっちならJカップを揉み放題だぞっ」

 言いながら、かたわらに立つフィーマの乳房を揉みしだく。

 不意を突かれたフィーマが――

「なにやってんだっ」

 ――マリイの手を振り払い、ネックハンギングツリーでつり上げる。


 そんな“外野席”の騒動とは無関係に、距離を詰めたカニ男が鋏脚を振り抜く。

 それをかわすべく後方へ飛び退いて距離を取ろうとしたプリンセス・プラージュだが、さっきカニ男に押し潰されたダメージからか一瞬遅れる。

 その遅れによって引っかかったカニ男の鋏の先端がプリンセス・プラージュのジャケットの胸元を裂き、巨乳を擬装していた胸パッドが飛び出した。

 擬装がばれた胸元はともかく、ジャケットの下から露わになったアンダーアーマーは色仕掛けを狙うプリンセス・プラージュにとってはタナボタの一閃となったはずだが――


 その時、カニ男は確かに聞いた。

 プリンセス・プラージュの悲鳴を。

 そして、本心を。


 ――慌てて距離を取ったプリンセス・プラージュが左手で胸元を隠す。

 そして、突き出した右の拳が火球を撃ち出す。

「プロミネンス・インパクトっ」

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