第4話 秘密の関係(その4)
「ところで、紗登子。相談があるマル」
ドルド丸が机の上に降りたって紗登子を見上げる。
「相談?」
「昨日のウツボ男だけど
紗登子にその意味はわからない。
「ベースって……どういう意味?」
「あれはマリイが生成した海洋生物と人間の
それは紗登子にとっては予想外の言葉だった。
いきなり現れたイカ男やウツボ男が、あの日にマリイが言っていた“対応兵器”であることは想像できていたが、誰かがそのベースになっているっていうこと?
「それって、誰が?」
「それはわからないマル。ただ、昨日のウツボ男から言えることは、話せばわかる相手っぽいことマル」
ドルド丸の言葉に紗登子はウツボ男を思い出す。
確かにいきなり襲ってくる三人とは違って対話が成立していたし、その対話を持ちかけてきたのがウツボ男自身だったのだ。
「確かに、だね」
頷く紗登子に、ドルド丸が得意げに胸を張って告げる。
「だから、仲間にするマル」
「え? どうやって」
思わぬ言葉に耳を疑う紗登子へ、ドルド丸は信じられない一言を続ける。
「色仕掛けだマル」
「は?」
一瞬、なにを言ってるのか理解が追い付かず固まる。
そんな紗登子にドルド丸は念押しするようにゆっくりと伝える。
「だから、い、ろ、じ、か、け、だマル」
「えーと」
少し時間を掛けて理解した紗登子だが、当然のように湧き上がった疑問を半ば無意識に問い掛ける。
「誰が?」
ドルド丸はこともなげに返す。
「紗登子しかいないマル」
紗登子が即座に声を張り上げる。
「無理無理無理無理無理。絶対絶対絶対絶対、無理っ」
しかし、そんな反応を予想していたのかドルド丸は淡々と問い返す。
「じゃあ、これまで通り相手を倒すマル?」
その言葉の意味するところは紗登子にもわかっている。
「そ、それは……」
ドルド丸がその真意を突きつける。
それは紗登子ができることなら目を背けたい現実でもあった。
「あいつらが放ってくるのはフルスクラッチの対応兵器じゃないマル。中身はおそらくこの学校の生徒マル。その生徒をこれまで同様にやっつけるマル?」
それを言われれば返す言葉はない。
イカ男もウツボ男も、フルスクラッチの対応兵器だと思ったからこそ容赦なくプロミネンス・インパクトの餌食にしてきたのだ。
相手が自分と同じ人間、それもこの学校の生徒と知った以上、後味の悪さは否めない。
迷う紗登子にドルド丸はさらにとどめの一言で追い打ちを掛ける。
「ましてや、その生徒――対応兵器の素体は紗登子のことを“明るくて、いい人だ”って言ってたマル。そんな人を敵にしていいマルか。胸は痛まないマルか」
「ぐぐぐぐ」
ウツボ男の言葉からすると、その素体は“見ず知らずの人物”ではなく“どこかで会っている人物”――すなわち自分に縁のある人物である可能性が高い。
さらに、自分に好意的な印象を持っている人物となれば、当然のように手に掛ける罪悪感は増す。
しかし、それでも“色仕掛けはないだろ”と、ささやかな抵抗を試みる。
「で、でも、色仕掛けって通用するのかな」
ドルド丸が“その質問を待っていた”とばかりに
「大丈夫だマル。調べたマル」
口の中からタブレット端末を吐き出す。
それは紗登子の私物であり、出歩くことのできない日中限定で“退屈しのぎアイテム”として貸しているものだった。
「これで無料のレンタルコミックをいくつか読んだマル。みんな成功してるマル」
その言葉に紗登子が呆れる。
「いや、でも、それってマンガだし」
しかし、ドルド丸は意に介さず。
「現実だと失敗するマル? 紗登子は失敗したことあるマル? 失敗したヒトの話を聞いたことがあるマル?」
田舎の十五歳――それも“本が友達”の紗登子にはそんな経験もなければ、交友範囲内に“色仕掛けを実践したことのある友人”もいない。
同じクラスに“そういうのに詳しそうな女子”は何人かいるけれど、別世界の住人感が強く気後れすることもあって話をしたことすらない。
「いない……けど」
「だったらやってみる価値があるマル。失敗を決めつけて挑戦から逃げることなかれだマル」
もっともらしいことを口にするが、おそらくレンタルコミックの受け売りなのだろう。
「……わかった。うん」
紗登子は陥落した。
しかし――。
「ううう。でも、どうやったらいいかわかんないし。――あ」
そこでひとつ思い出した。
「ちょっと、待ってて」
席を立って扉へ向かう。
「ど、どこへ行くマル?」
開いた扉で立ち止まると、振り返って親指を立てる。
「ひとり参考資料を持ってそうなココロアタリがあるっ。まだ帰ってないと思う。行ってくるっ」
言い残して部室を飛び出した。
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