第3話 学校会談(その6)
小学生の頃だった。
給食当番だった環士は昼休みの廊下で、教室から調理室へ返却する食器を運んでいた。
当番は原則として五~六人体制だが、他の当番たちは我先にと空になった給食カンやトレイといった軽いものから順に手にとって教室を飛び出していき、出遅れた環士の前には最も重い食器を満載したカゴだけしか残ってなかったである。
昼休み特有の喧噪が溢れる小学校の廊下で、息を荒らげながら食器カゴをひとりで運ぶ。
誰も手伝う者はいない。
それどころか、すれちがう者はみな、あえぐ環士に“無様なヤツ”と言わんばかりの嘲りの目線だけを向けて通り過ぎていく。
そんな中で、背後から走ってきた同じクラスで最も体格のいい詰野が環士の背を突き飛ばす。
「オレの前歩いてんじゃねえよ、ジャマだな」
詰野は左手のグローブにばしばしと右の拳を叩きつけながら、子分たちと一緒にグランドへと去って行く。転んでカゴの中の食器を廊下にぶちまけた環士を見返すこともなく。
使用後の食器など特にミートソースまみれであればなおのこと、触れるのもイヤだったがしょうがない。
手を汚しながら食器を拾い集める環士だが、通りかかった児童たちの七割は見ない振りをして、残りの三割は、やはり、にやにやと笑いながら通り過ぎていく。
その中で不意にしゃがみこんで散乱した食器を拾い集める上級生の
「さとちゃん、ほっときなよー」
呆れたように声を掛ける友人に返す。
「ダメだよ。そんなの」
中学生になった環士は一年生の二学期から槌ヶ浦中学校へ転校してきた。
転校初日、放課後の廊下でひとりの女生徒を見かけた。
その面影は確かに“あの日、一緒になって食器を拾い集めてくれた上級生”だった。
後を追って、上級生の入った空き教室の扉をそっと開く。
誰もいない教室で彼女が席に着いてなにかを書いていた。
どうしていいかわからず立ち尽くす環士に、気付いた彼女がきらきらした目で声を掛ける。
「入部希望者っ?」
我に帰った環士が問い返す。
「え、いや、入部希望者って……?」
「え?」
「いや、扉が開いてたから覗いてみただけで――」
嘘である。
「――ここは……その、なにをして……」
しどろもどろな環士に、彼女は優しく答える。
「ここは文芸部だよ。私しかいないけど」
照れたような笑みを浮かべる。
そして、問い掛ける。
「あ、もしかして転校生?」
田舎の中学では、特にそういう話はすぐに拡散する。
「そ、そうです」
「どこから?」
「雉川中からで……」
「隣町? え、じゃあ小学校は?」
「月倉小学校」
「一緒だ」
「は?」
にっこりと笑う。
「私もいたんだよ。五年生の冬までだけど」
無邪気に続ける。
「じゃあ、会ってるかもしれないねえ」
そして、環士は
それが紗登子の望みだったから。
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