第6話 騙しやがって(その2)

 紗登子を見送った環士は改めて中庭の石碑を見下ろす。

 ブチロウはさっきと同じ姿勢で寝息を立てている。

 その様子に改めて癒やされた時、背後で扉の開く音が聞こえた。

 たった今出ていったサトさんが戻ってきた? 忘れ物? いやいや、サトさんに限ってそれはない。ということは三人組あいつらか?――そんなことを思いながら目を向けた扉から入ってきたのは、紗登子でも三人組でもない三年生の女生徒、梅小路蛍だった。

紗登子サトはどこかね」

「部長連絡会です」

 無造作にくくった長髪と長い前髪をヘアクリップで留めたメガネの蛍は、槌ヶ浦中学校マンガサークルの“代表”である。

 とはいえ、マンガサークルは部活動認定されてないので自称に過ぎず、それゆえに部長連絡会には呼ばれていなかった。

 文芸とマンガの違いこそあるが紗登子とは同じ“創作者”ということで、ふたりの仲の良さは学年の異なる環士ですら知っていた。

 そんな蛍は環士の返答が気に入らないらしい。

「なんだね。その返答は?」

 レンズ越しに射るような目線を向ける。

「はい?」

「もうちょっとさあ。男子中学生なんだから、相応の返答があるだろう。ラブコメ好きかい?」

「いや、よくわからないです。読まないし」

「じゃあバトルものとか?」

「それならなんとか」

「そういうキャラで返してくれ。やり直す」

 そう言うと廊下に出て、扉を閉じた。

 少しの間を置いて扉が開く。

 入ってきた蛍が環士に声を掛ける。

「サトはどこかね」

 環士が声を震わせる。

「あ、あなたは……まさか、あの……梅小路蛍先輩っ!」

「はい。よくできました」

 満足したらしい。

「で、サトは?」

「部長連絡会です」

「あ、そうか。迂闊うかつだった」

 三年生なら同じクラスに多くの主将や部長がいることから、今日がその日であることくらいは知っていたはずである。

 にも関わらず訪ねてきてしまったのは単に失念うっかりしていただけらしい。

 改めて環士に向き直った蛍は――

「紗登子から昨日の放課後に“新作の参考にしたい”と頼まれて貸してたんだけど」

 ――手にしていた大判の画集のような本を見せる。

 タイトルは“キャラクター描写マニュアル・基礎編”。

 表紙に書かれた男女のキャラデザインから、かなり古いものらしい。

「今朝、返してもらったんだけどメモが挟まっててねえ。返しておいてくれたまえ」

 そう言ってぱらぱらと開いた“基礎編”に挟んでいたメモをすいと手に取り、優雅な仕草で“とん”と机に置く。

「わかりました」

「頼んだよ、少年。さらばだ」

 蛍が大げさなアクションでターンする。

 そこで生じた風が机のメモを床に落とすが蛍は気付かず、部室を出て行く。

 蛍はしゃべり方といい所作といい、いちいち大げさなことで有名なのである。

 蛍を見送った環士は、しゃがみ込んでメモを拾い上げる。

 私用のメモである以上は見る必要もなければ、見てはいけない――そう考えてできるだけ書かれた文字から目を逸らせる環士だが、図らずも視界の隅に飛び込んできた文字に目を見張る。

 “ドルド丸へ”

 気が付けば、その走り書きに目を通していた。


 色仕掛けの例

  ・コスの露出を上げる

  ・胸を大きく見せる

  ・メイクを派手にする

  ・アクセサリーとかも有効

  ・体を密着させる

  ・アンダーは黒か赤


 さらにところどころに“やばっ”だの“まぢか”だの“はづい”だのといった“ひと言コメント”が付いているが、その筆跡はこの部室で何度も見た紗登子のものに違いない。

「これ全部、昨夜の……」

 思わずつぶやく。

 そこに書かれていることは昨夜のプリンセス・プラージュが仕掛けてきたことばかりだった。

 メモに書かれた“ドルド丸へ”の文字に、改めて目を落とす。

 “アクリルキーホルダーの作成主が誰かなど知らないし、興味もない”というドルド丸の言葉が頭をよぎる。

「つまり……つながってたな。騙しやがって、あの雪だるまめ」

 紗登子とドルド丸がこのメモを元にどういうやりとりをしたのかまではわからない。

 それでも書かれた内容から、このメモに基づいてドルド丸がプリンセス・プラージュのっぺらぼうをエロ仕様モードにカスタマイズしたことは容易に想像できた。

 ぎりりと奥歯を噛みしめた時、部室の扉が開いた。

「おっはよー」

「こんにちは、だよ」

「あ、そっかー。きひひ」

 入ってきたのは地依子と海唯子だった。

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