第37話 新しい価値観
異世界住宅の匠は今日も唸っていた。
「お風呂はやっぱり湿気がこもらないように吹き抜けか」
うーん、異世界でもお風呂を覗こうとする輩はでてくるのだろうか?
僕の中で1番遠慮なく覗きをしそうなのがユイファだ。
「きゃーっ! ユイファさんのえっちー」ざばーんと入浴中にお約束のように浴槽の中に入るのは気が休まらないぞ。
いや......ユイファなら堂々と中に入ってきそうだ。変に対策するだけ無駄か?
露天風呂も壁で仕切るだけなのだ吹き抜けでいこう。
今あるのが浴槽と家側に火事防止のために建てた一枚壁だけ。
浴槽には湯沸かし用の竈(かまど)が設置されているのでここをお風呂の内側にすることはできない。
つまりは浴槽は外壁と一体化する必要がある。
浴室、浴槽、脱衣室これらが組み合わさってお風呂場。
というか洗濯とかもここでしたいよね。とか排水口も作らなくちゃとか、シャワーみたいなの欲しいとか、座椅子あると良いよねとか。
色々考えるとアレもコレもとなって、あっという間に時間が過ぎていく。
「......それで完成したのがこちらです。ユイファさんやっちゃってください」
「よかろう」
焼き上げ職人のユイファを召喚して、遂にマナブ風呂が完全版となった。あとはゆっくりと冷めるのを待つだけだ。
「すぐに中を見せてあげたいけど冷めるまでお預けだね」
「そうだな」
「今日もユイファはお風呂入る?」
「うむ、石鹼とやらを使うとどうなるのか気になるからな」
「あとはカリカナちゃんをいつ誘うかどうかだね」
「カリカナもお風呂は気にいると思うぞ。しかしマナブはいいのか?」
「なにが?」
「ここはマナブの家だ。家を他の女に使わせていいのか?」
「なにを今更、ユイファだって使ってるじゃないか」
ユイファは少し目を閉じて間を置いてから返事をした。
「......そうか。マナブが気にしないならいい」
なんだったんだ今の間は。
この村にお風呂の文化はない。
水浴びもそう定期的に入るモノでもないみたいで、村の人たちは足が泥で汚れて乾燥しても気にしないで過ごしている。
カリカナも手は洗うだろうけど、土器を作ってるところしか見てないのでいつも泥まみれだ。
お風呂で洗い流したら相当体も楽になると思う。
「そうだ、石鹸の使い方を先に教えておくよ」
「? 一緒にお風呂に入る時でもいいが?」
一緒にお風呂に入るって、ユイファにとってはそういう認識なのか。
確かに1人でなら足も伸ばせるように広めに作ったけど、混浴までは想定してなかったよ。
一緒に入るとか恥ずかしいし、気が休まらない。
それに......ユイファを騙して混浴させているようであとで僕自身が嫌な気持ちになりそうだ。
僕の思う混浴とはそんな気安いものではない。それをちゃんとユイファにもわかってもらわないといけないのかもしれない。
「......この前一緒に入ったけど、本来は服を脱いで体をきれいにする場所なんだ」
「っな?!」
「いや、だからお風呂はひとりで入るのが普通なんだよ」
「そうなのか?」
「正確にいうなら、1人と限定するのでなくて男女別にするぐらいの配慮は必要かな。服を着たまま入るとすぐにお湯が濁るでしょ? そうならない為に裸になって石鹸を使ってさきに体の汚れを落としてから浴槽の湯に浸かるんだ」
「長い時間裸でいるのはなんだか落ち着かないな」
「お風呂に入ってる時は覗かないようにするよ」
「っ当然だ!」
「冗談だよ。覗かせないために壁で囲んであるんだ」
コンコン。っと壁を叩いてアピールする。
「む......」
「あ、女同士なら一緒に入る人もいるけど、カリカナと一緒に入る?」
「いや、やめておく個人の所有物を好き勝手使うのは良くない」
「僕は気にしないけど?」
「マナブは色々なものを作り簡単に手渡すが、物は本来大事に所有するものだ」
そういう考えなのか。
まだまだ全然足りてないモノばかりだから独占より共有の方がいい思うのだけど、ないからこそ壊されては堪らないという不安があるのかもしれないな。
作りたいものはたくさんある。ユイファにはもっと豊かな生活を体験していってほしいと思ってる。
「村の誰が何を作れるか、誰が何を持っているかはその人にとってとても大事な事だ」
あぁそっちの方か、確かにパンヤオの持つ斧はこの村では貴重品だ。
木が欲しい時はどうしてもパンヤオを頼ることになる。
特定の物を所有しているというのは、自分の地位を確立する事につながるのか。
「マナブが来てから、宝が増えた。普通は石包丁も石槌もこんな風に分け与えたりしない」
「あはは、ユイファは没収したじゃないか」
僕が冗談を言うとユイファは気まずそうな顔をした。
「......すまない。冗談のつもりでだったのだが、まさか貰えるとは思ってなかった。マナブの言葉に甘えてしまった」
ユイファは肌身離さず持っている石槌に手をかける。
どうやら僕の冗談は通じなかったらしい。いつも不敵に笑うユイファの表情を曇らせてしまった。
「僕はユイファが受け取ってくれて嬉しかったよ。それはユイファが持ってて。返されると悲しい」
「......そうか」
「それに、ユイファは魔法でいつも僕を手伝ってくれるじゃないか、そのお礼でもあるんだ。頼りにしてるよ」
「! あぁまかせてくれ」
「それで石鹸の使い方なんだけど―――」
ユイファ、僕の知る世界では一人だけが豊かに暮らしてもダメなんだ。
ひとりの豊かさには限界がある。道具をひとり占めしても良い結果にはならない。
道具が貴重だから独占して地位を守る考えもわかるけど、必要最低限の道具はみんなが持っていて当たり前の世界にしないと、僕の暮らしもそうみんなと変わらない。
限界がすぐにやってくる。
っくっくっく。それに、ユイファが広告塔となって僕の価値観を村全体に浸透させるのだ。
僕自身のために、ユイファにはもっとたくさん生活の変化を体験してもらわないとな。
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