第42話 悪い冗談

 寝ていると甘い香りがした。ずっと嗅いでいたくなるような優しい香り。

 それと不釣り合いな背中を走る衝撃。


 ユイファは今日も今日とて、ユイファだった。


「ゆいふぁーーおきてるからとめてえええぇーーー!」


 今日は初めから遠慮なしの衝撃が背中を襲ってきた。


 ユイファに蹴られるから無意識に壁の方に向かって寝るようになったのがいけないのだろうか.....背中に伝わる衝撃が尋常ではない。


「すまん、マナブ。新しいスキルが使えるようになったので使ってみたんだ」


 ユイファからの攻撃が止まると、ガッツリHPが削られていて視界が赤く点滅している。限度ってものがある。

 これじゃ闇討ちだ。


「スキルって......なに?」

「蹴連撃」

「僕に使うなーーーーっ!」

「すまない、昨日マナブを起こしている時に覚えたので、そういうスキルだと思った」


 僕を足蹴にして覚えるスキルってなに? ユイファはマナブスレイヤーにでもなるつもりなの? ねぇ? そうなの?


「ヒール」

「マナブは回復魔法も使えるのか?」

「ユイファのそれは攻撃用だよ。マナブのHPは1よ」

「変な喋り方をするな」

「うわぁやめて、体が痺れたみたいになってるからツンツンしないで」


 HPが一気に減ると体に力が入らなくなるんだよね。もしかして一時的に防御力も下がってたりして......。

 やっぱりHPの安全マージンは多くとらないと死に直結するよね。


「ユイファそろそろ足蹴りで起こすのやめない?」

「寝坊は足蹴にされて当然の行いだと言っただろう」

(目覚ましもないのに決まった時間に起きるの無理だよ......)

「起きる時間は自然と体が覚えるものだ。その内起きられるようになる」


 ユイファは僕の心を見透かしたようなコメントをした。


「......ほんとかな」


 のそのそと起き上がり、準備していると後ろからユイファが話しかけてきた。


「昨日な、父がびっくりしたぞ。キレイになったと」

「よかったね」

「前の時にも驚いてはいたのだ。でも昨日は更に驚いていた。石鹸で洗ったおかげだろうな」

「そうかもね」

「む? 怒っているのか?」

「怒ってないよ」


 怒っているというより、少し気まずいのだ。



魅力的な女性から嫌われてはいけないというような本能的な防衛反応というか、自分を良く見せたい欲みたいなものが湧き出てきて意識しないで接することができない。

 寝起きの姿を見られたくないというちょっとした見栄も心にある。


「だったら私の顔をみろ。今日のマナブは様子が変だ」


 ユイファは僕の肩を掴んで無理矢理に体の向きを変える。


 超至近距離で対峙する事に動揺して目が合わせられない。


「ユイファ、近い」

「なぜ目をそらす?」


 仮に僕は男で、ユイファは女だ。幸いなことに身長は僕の方が高い。

 いや、そうじゃなくて、近いからこそユイファは顔に角度をつけて上目遣いで僕の表情を読み取ろうとする。


 ユイファにとっては特別な意味などないのだろう。

 しかし、上目遣いの女の子など視界に入れることが稀な僕にとっては抵抗力がないせいか、それが特別な表情なのだと誤認してしまってドキドキが止まらない。


「ユイファ」

「なんだ?」

「ユイファは僕から見ても可愛い」

「なっ?!」

「だから、近いと恥ずかしいんだっ」


 ユイファの肩をグイっと押して距離を作る。

 ユイファは抵抗なく後ろに下がった。


「そうか」


 今の言い方では異性として見てる気持ちが伝わってしまったかもしれない。


 ユイファはどうなんだろうか、僕を異性として意識していたりするのだろうか?


 異世界転生では運命の相手と初期の段階で出会うケースが多い。

 もしかしてユイファは僕の運命の相手? いやいやそれは妄想が進みすぎている。

 ......でももしそうなったら、異世界の生活も少しは楽しくなりそうな気がする。


 脳内を駆け巡る妄想にドキドキしながらユイファを見ると、ニヤニヤして悪そうなことを考えていそうな顔をして、突拍子もない事を言った。


「ならば私を妻に娶るがいい」


 恥ずかしがる様子もなく、勝ち誇ったように平然とそういった冗談を言うユイファ。

 それが笑えなくて、ズキっと心が痛んだ。


「......結構です」


 いや、今ので急激に気持ちが下がった。言って良い冗談と悪い冗談がある。


 あからさまに僕をからかうようなその表情と言葉に少しムカついた。

 人の気持ちを弄ぶかのようなその手の類の冗談は、冗談では済まされない程度には傷つくのだ。


 一瞬でもその気になってしまった羞恥の分ダメージも大きい。


 以後は近くで笑い声が聞こえるだけで、自分の事を笑いのネタにされて笑われているのではないかと思えてきて気分が悪くなる。


 自分の優れた容姿を使って人の心を弄ぶような冗談は願い下げだ。


「ユイファ、人の好意をからかうような、そんな冗談は2度と言わないで」

「っあ......」


 ユイファの顔も見ずに避けて、部屋から出る。

 少し歩いたところにタジキさんが居たので合流してすぐに出発した。


 少なからず好意を持っているからゆえの防衛反応。

 普段なら笑って誤魔化せられたのに寝起きの悪さがそれを許さず悪い方向へと感情を動かした。


 些細な言葉だたのかもしれない。心臓がズキズキと痛む。

 もしかしてユイファの事が好きになっていた?

 いや、異世界にきて一番身近でやり取りができる女の子という特別感がそう誤認させているだけだ。


 後ろにユイファの気配があったような気もするが、それは居るかもという想像で気のせいかもしれない。

 先ほどのやりとりを気に留めて居てくれたらいいなと思う。でも居なかったらきっともっと嫌な気持ちになる。だから確認はしない。


 気持ちを切り替えられないモヤモヤした気持ちのまま今日という1日が始まった。

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