第41話 不器用
お風呂に満足したユイファとカリカナが帰宅しようとするから慌てて忘れ物を渡す。
どっちがどっちの品かわからないのでふたつを同時に差し出したら、迷いなく所有者の元へ渡ったようだ。
「手触りが全然ちがうぞ」
「それになんか毛が柔らかいよ」
「洗うと気持ちいいでしょ?」
「......まるで別の代物にすり替えられたようだ。断然こっちの方がいいがな」
「そうだよね。なんだか使って汚すのがもったいないと思っちゃう」
「寝る時の毛布にしたらいいんじゃないかな? 小さいけど」
「ふむ......」
毛皮を確かめて思案するユイファ。
まぁユイファの考えそうなことは予想できるけど、僕もやろうとしていることだし。
「なぁ......マナブ」
「ユイファの寝床の毛皮も明日洗おうか」
「よくわかったな」
「まぁね」
「あ......」
カリカナが申し訳なさそうな表情で僕を見る。
前は長いボサボサの前髪で目が完全に隠れていたのだけど、今は前髪がサラサラと流れて暖簾(のれん)分けのように大きな瞳が覗いて表情が良くわかる。
「どうしたのカリカナちゃん」
「わたしも良いかな? 一緒に毛皮洗ったらダメかな?」
あぁ、美少女とはなんと反則な事か、いや20歳だったね。お姉さんなのにこの頭を撫でたくなる可愛さってなんだろう。
「ふぇ? な、なんで頭なでるの」
「ユイファすごいよ指通りがサラサラだ」
「どれ? これは良いなカリカナの毛は柔らかい」
「ちょっとぉぉユイファぁ」
照れ隠しに気持ちを誤魔化そうとしても自分は誤魔化せない。
だから髪の毛を触ってドキドキする気持ちを無視して、何も感じていないように努力する。
「もちろんいいよ。カリカナちゃんも明日一緒に洗濯しよう」
「......ありがとマナブ」
「ふぁぁ私はそろそろ寝る」
「ユイファよ、僕の前でお腹をボリボリするな」
「ん? あぁ」
「わたしも今日はぐっすり寝れそう」
暗くなったら寝る時間。
この生活にも体が馴染んできたのか眠気がうっすらと迫って来る。
ふたりを見送ったあと自分の毛皮を寝床から回収して洗う。
お風呂はもう今日はいいか。浴槽のお湯も抜いておこう。
日本に居ると水の価値を低く見積もりがちだが、水が貴重な国は多い。
オーストラリアなどでは水の無駄遣いができないため、食器すらも洗剤で洗ったあと、水で洗い流さず泡を布で拭き取って終わりらしい。
程度のほどはしらないが、水の価値が高い国だと安物のワインの方が水より安価で手に入る。
だから子供でもワインを飲むんだとか。
その点この世界は水の価値はそこまで高くならないのが救いかもしれない。
この村の人はあまり生活には魔法を使わないが、どうしても困った事態になったら水魔法で地面を狙い池を作れてしまう。
魔法のある世界が基準だと、魔法のない地球って結構ハードモードだったんだな。
でもそのおかげで科学が発達した。今では雨を降らせることも可能だという。
それもただ雨雲を見つけたらその中を飛行機で突っ込んで雲の中で塩を撒くだけらしい。
それで雲の中で結露して雨となって地面に落ちる。
まぁフェイクも多い世界だった本当かどうかの確認などしてはいないけど。
物語では雨降らしの技術は禁忌とされることが多い。僕が懸念するのはそこだ。人為的な雨は、本来降るはずだった地域の雨を奪う行為となるからだ。
でも僕が育ったのが水に困らない日本だから違う事も考える。自国を雨で潤すのではなく、他国を雨で攻めるという考えだ。
局地的な大雨は災害を簡単に引き起こす。
もし雨雲が流れてきたタイミングで意図的にそこの地域だけ大雨を降らすことを人為的に実行したなら、自然災害を装った大量殺人が可能になる。
なにもミサイルの雨でなくていい、技術を意図して悪用すれば素晴らしい技術も惨事となるのだ。
「ウォーター」
魔法を唱え何もなかった空間に水を作り出して毛皮をすすぐ。
僕の様に遠慮なく魔法を使う人間はもしかしたら警戒されていたりするのだろうか?
魔法が発動する原理なんて何もわかってはいない。もしかして僕の使う魔法はどこかの雨を奪う行為だったりするのだろうか? 極力使わない方が良いのだろうか?
でも魔法をとったらこの世界で生き抜く力は僕にはない。
今手にしてるのものは全て魔法のおかげ......僕はチート能力でズルをしてるだけ。
こんなズルをしておいて、美少女二人の笑顔を対価に受け取っている自分が卑しい存在に思えてくる。
あぁ、ちゃんと僕の才能で、僕の努力で、勝ち取った僕の力だと言えたらもっと自信も持てるのに、与えられた力を振り回して私利私欲を曲がりなりにも満たしてしまった自責の念が止まらない。
(はぁ......)
知り合ったばかりの女の子とお風呂なんて入るものじゃない。テンション上がるヤツもいるんだろうけど、僕の場合は逆だ。
まるで異世界詐欺師にでもなった気分だ。これから付き合いの長くなるだろう村の仲間相手に僕の行動は不誠実すぎる。
本来お風呂イベントとは特別なものなのだ。
お互いの連絡番号を交換して、「今メッセージ送ったら迷惑かな?」とか「話がしたいな」とか「声が聞きたい」とかそう言う迷いとか、やり取りがあって、相手に「好き」って伝えて「私も」って返事をもらって、付き合うまででも相当長い時間を要する。
そして、付き合っても最初は手を握るのすら恥ずかしいから小指で繋いだりするのだ。それから徐々に恋人つなぎに移行していったり順序がある。
彼女の髪の毛が肩を掠めるのでさえ敏感に感じ取れて、一緒に居られることが心地よくて、抱きしめたり、キスをしたりそういうハードルの高いイベントを越えて、越えて、越えてその先にあるのがお風呂イベントなんだよ。
結局、異性との関係を無価値にするのか、尊いとするかは僕の意識次第なところが大きい。ユイファと毎日何気ないやり取りをしているが、ユイファの事が好きな人物なら、顔を合わせて話ができるだけでも幸せな気分になれてしまうだろう。
日本に居た頃は異性は身近な存在ではあったけど、こうやって気安く接してくるような特定の人物はいなかった。意識すればするほどユイファやカリカナの存在は望んで手に入るような関係ではない。すごく贅沢な関係なんだとおもう。
あまり深く考えずに男友達と同じように接してはいるが、適切な距離感というのもわからずにいる。
服を着てるからお風呂もノーカウント? そんな訳はない。
嘘だと思うならお風呂で服を着せたままお湯で濡らしてみたらわかるこの罪悪感。何の苦労もしてないのに見ていい姿じゃない。
僕も最初は思ったさ。
服着てるからまぁいいかと。雨に濡れたのと同じだと。何がこんなに嫌かって?
興味がない、無害を演じておいて、相手が可愛いってだけでドキドキして抱きしめたいと簡単に心変わりして、邪な考えを抱いた自分が嫌なんだ。
しかも質の悪い事にどちらでもよかった。
そんな最低な感情が僕から出てきたことが許せないのかもしれない。
だってそういうのは僕が1番異性にやられたくない事だから。
「こういうところは不器用なんで」
誰に聞かせるわけでもない独り言をごちる。異世界ハーレムとか、読み物としては良いけど自分でするには拒否感の方が大きい。
きっと逆の立場ならハーレムの一員としての自分がカウントさたら嫌だからだ。好きな相手の特別な存在になりたい。
それなのに自分の場合になった時だけ、どっちでも良いと思ってしまう僕みたいな都合の良い男に騙されないようにしてほしい。
警戒心が足りないよふたりとも......。
それとも異性として意識もされていないという悲しい現実か。
間違っても彼女たちが僕に好意があると勘違いしてはいけない。
その勘違いはこの村での居場所をなくす死活問題になりかねない。
僕の心が浮ついている間は少し距離をとらないと間違いを冒してしまいそうだ。それくらい恋愛脳に心が動揺してしまっている。
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