第50話 邪悪なる進行3

 突然の終了と、レベルダウンの告知に動揺が隠せない。


 慌ててステータス画面を確認する。



朝凪 マナブ Lv.1

混濁の魔法使い


HP 10/10

MP  0/10



ちから   5

みのまもり 5

かしこさ  8

すばやさ  6

きようさ  10

たいりょく 92



 レベルが初期状態まで戻っていた。


「......嘘だろ」


 魔法の熟練度に変化はない。失ってしまったのはレベルと、......MPか。


 急に倦怠感が全身に広がって体が気怠い。おそらく邪悪なる進行というイベントが終了したのだろうが、それにしてもレベルダウンはひどすぎる。

 ......これはあれか? 魔物に僕の経験値が吸われたという事なのか?


 ―――邪悪なる進行のイベント内容を思い出しながら考えを巡らしてみる。そして辿り着くひとつの嫌な答え。


(これはまるで、家畜だ)


 人間たちは自然に集まり生活し、そこを魔物に襲われる。魔物は人間を糧として更なる力をつける。

 経験値を奪えるのなら必ずしも人間を殺す必要はない。生かさず殺さず。無力化して搾り取る。


 魔物にとって人の生死に関しては戯れ程度なのかもしれない。


「うぅ......」


 ユイファも体の異変のせいか、うなされている。


 邪悪なる進行はどの程度の間隔であるのか、それが問題だ。これは逃げてはダメだ。来ると分かっているなら絶対に対策をとらないといけない。


 レベルアップして、戦う力を手に入れないと搾取されるだけの泥沼になる。これでは村が困窮せざる得ないのも必然だ。

 ここの世界の人たちはこんな理不尽な暴力と共に生きているのか......。


 力を吸われたせいか、急激に眠気が襲ってきた。世界が音をなくしたように鎮まりかえっている。もしかしたら人間以外の生物も......。


 ―――意識が途絶え。気がつけば朝になっていた。


「マナブ起きろ」

「ごめん、寝すぎた」

「いや、良い。疲れた酷い顔をしている。もう少し休ませてやりたいが......」

「僕なら大丈夫」


 さっと立ち上がって伸びをする。もうすでに明るくなり始めている。ギリギリまで起こさずにいてくれたのだろう。


「みんなが心配だ村に戻ろう」

「うむ」


 ―――魔物から逃げる為に村から離れるように移動していたため、村に辿り着くまでに長い時間を要した。


 村の家は全て破壊され木片が散らばるだけの散らかった平地になっていた。村にはすでに村人が帰ってきていて、途方に暮れて立ち尽くしてる姿や、苦境にもめげずに片付けに入っている人の姿が確認できた。


「......ひどいありさまだ」


 ユイファの表情を見ると、イライラした気持ちを静めるように眉間にシワを寄せて目を瞑り歯を食いしばっていた。


 ユイファの家に戻ると、タジキさんが黙々と作業しているのが見える。僕達が近づいてきたことを確認すると作業をほっぽり出しだして走り寄ってユイファを抱きしめた。


「父よすまない。心配をかけてしまった」

「うむ。......無事なら良い」

「タジキさんすみません。僕のせいでユイファを危険な目に合わせてしまいました。本当に申し訳ない......です」


 タジキさんの姿を見ればどれほどユイファを心配していたのかがわかる。危険に巻き込んだ僕を怒鳴って殴りつけたい気持ちだろう。居心地が悪く、タジキさんに村から追い出されてしまっては立つ瀬がない。


 タジキさんがゆっくりとこちらに近づいてくる。何を言われてしまうのか恐ろしい。


 タジキさんは僕の肩に力強く手を置く。反射的に体が少し震えた。


「マナブが助けた人は無事だ。ユイファも無事だった」


 タジキさんはそれから、ユイファにしたみたいに僕に抱擁した。


「マナブも無事で良かった。あまり無理をするな」

「......すみません」


 予想に反したタジキさんの優しい言葉に緊張がほぐれたせいか、声が震えて頬に涙が流れる。そんな情けない姿をユイファに見られたくなくて、離れる際に涙を拭って理由をつけてすぐさまこの場を去る。


「自分の家を確認してきます」

「うむ」


 タジキさんも、村の人も無事で良かった。家を確認したらカリカナやパンヤオの無事も確認しに行こう。


 マナブハウスはというと、屋根が壊され外壁がところどころ欠けてはいるが、その形はそのまま残っていた。部屋の中はと言うと物がなかったおかげか、寝床の干し草が散乱しているだけで、それさえ片づけれて、もう一度屋根さえ作り直せば元通り使える。


 恐らく村人たちは家は壊される事を前提として簡単な作りで済ませていたのだと今になって気付く。しかし、壊されないのならもっとしっかりとした家に住んだ方が良いに決まっている。


 ここはパンヤオやユイファに相談してマナブハウスの大量建設を村に提供した方が今後の為になるかもしれない。


 家の確認を済ませて、カリカナのところへと赴く。


「マナブ、無事だったのね」


 近づいていくとカリカナの母がホッと安心したように声をかけた。僕の名前を呼ぶ声に反応して、土を掘り返していたカリカナが勢いよく振り返って僕の顔を確認するなり泣きそうな顔になる。


 バッと駆け出して勢いそのままに僕の胸に飛び込んでギュッと抱きつくカリカナに僕はどうしたらいいのか困り手を宙に彷徨(さまよ)わせていた。


「心配した。心配したッ。心配したよマナブ!!」


 顔を胸に沈めてぐすぐすと泣くカリカナに心臓がドキドキして温かくなった。


 彷徨わせていた手をカリカナの背に回して「ごめん」とつぶやく。カリカナは顔を横に振って、更に抱きしめる力を強めた。


 カリカナの家も例に外れず全壊していた。外に置かれていた土器も全部破壊されていた。カリカナが苦労して作った土器が全部だ。

 そのことにふうふつと怒りが湧くのを感じる。でも本当に悲しいのはカリカナの方だ。落ち込まないでいてくれると良いんだけど。


 少し気持ちが落ち着いたのか、抱きしめる手を緩めてそっと離れる。照れくさくなったのか、顔を隠すように前髪を前になでつけ顔を赤くして俯いてしまった。  

 きまり悪そうに上目遣いで僕の様子を確認するカリカナの目元は赤く腫れていて、瞳は涙のせいで潤んでいた。こんな時に不謹慎かもしれないが、泣き顔ですら反則級に可愛いんだとロクでもないことを思ってしまった。


「家も土器も全部壊されちゃったね」

「ううん、家は壊されちゃったけど、土器は焼いたまま土に埋めてあったものが無事だった」


 どうやら、土を掘り返すなどの行為までは魔物もしなかったようだ。不幸中の幸いと言ったところか。


 カリカナにまた後でと言って別れた。次はパンヤオを探す。


 村全体を歩いて探してもパンヤオの姿がない。もしかして森に入っているのかと視線を向けた丁度そのタイミングで大量の木を担いで歩くパンヤオの姿が目に入る。


 パンヤオはそのまま村の中央まで歩いていき、木を並べて置く。


 村の中央にはおそらくパンヤオが集めたのだろう気が積み重なっていた。


 パンヤオは木を下ろすと休む暇もなく、踵を返しまた森の方へ歩き出す。その歩みを呼び止める。


「パンヤオ!」


 僕の声にパンヤオの足が止まり振り返る。


「マナブ、無事だったか。ユイファは?」

「ユイファも無事だよ。ケガひとつない」

「そうか」


 パンヤオはやっと安心できたというように息をついた。これでも僕もみんなの無事が確認出来て次の行動に移れる。


 どうやらパンヤオは村の人が家を作り直せるように木材を調達している最中だったようだ。


 ......僕は覚悟を決めた。


 問題は山積みでどこから取り掛かればいいのかまだ決め切れないけれど。

 きっとパンヤオなら、僕と一緒に魔物を倒してくれると確信している。


「パンヤオ、僕と一緒に強固な町を作って、邪進の魔物と戦ってくれないか」


 パンヤオは無言でじっと僕の瞳の中を覗き込んだ。


「そんな事できるのか?」

「できる」


 何の説明も根拠もない。ただ「できる」と断言して差し出した僕の手を、パンヤオは否定の言葉すら発せずに強く握り返してくれた。



 ーーーさぁ、ここから異世界生活の仕切り直しだ。

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