第49話 邪悪なる進行2
魔物の大群から逃げ切った時にはもう日は傾き、空はオレンジ色に染まっていた。
「もう大丈夫だろう、この先は動くとかえって危険だ。ここで夜を明かそう。少し休んだら野営の準備をするぞ」
「わかったよ」
大木にもたれてふたりで同じ空を眺める。ひとりじゃない事がこんなにも心強い。
「ユイファ......」
「どうした?」
「助けに来てくれてありがとう」
「当然だ。マナブも村人の為に魔物と戦ったのだろう?」
「......うん」
「マナブが助けた人から話を聞いて探したのだ。随分と探した」
2匹の魔物に追われた時、村人が逃げる方向から大きく外れるように移動した。そのせいで僕の居場所が正確に掴めなくなったのだろう。
「逃げた人たちは無事?」
「無事だ。もう何度も逃げのびている。手慣れたものだ」
「そっか」
ここの人たちは何度も魔物の襲撃を乗り越えてきているんだ。......たくましいな。
「......タジキさんは?」
「父は皆と一緒にいる。父なら魔物の1、2匹なら倒せるからな」
「ユイファが僕を探すの、タジキさんは止めなかったの?」
「......止めた。しかし、マナブは合流地を知らないはずだから、すぐに戻ると飛び出してしまった」
タジキさんはユイファが魔物のと戦う事に過剰な反応を示していた。
「心配してるだろうね」
「......うむ」
僕にもっと力があれば、魔物の軍勢をどうにかできたのかな。物語の主人公というのは一騎当千の力をもっていたりする。それはすなわち、一騎で千人を相手できるという意味だ。
今回の邪悪なる進行で町を襲ったのが100体程度。僕が倒したのが3体。魔物の遠吠えで新たに出現したのが10~20体か。
1000体には程遠い、100体規模なら魔法使い定番の広範囲魔法を放つ事ができれば1発で勝負がついて、村人が逃げる必要もなかった。
そんな、たらればを考えてもしようがないが、負けた悔しさが胸の中をくすぶる。そんな悔しさを紛らわせようと頭の中では使えもしない魔法を使って敵を一方的に屠る自分を空想する。
理想と現実の違い。力がないというのは悔しい。
理想の自分はあまりにも現状からかけ離れていた。
「喉が渇いたな」
ユイファのつぶやきに反応して無意識に魔法を唱える。
「ウォーター」
お椀型にした手の中に湧き出すように水が溜まり、ぽたぽたと雫が垂れる。
「助かる。魔法の水を飲むのは初めてだ」
ユイファはそれが当然だと言うように、僕の手の中に溜まった水に口をつけた。あまりに自然な動作に反応が遅れた。
「ま、待って」
「ん?」
ずっと森の中を歩き続けて僕の手は土で汚れている。そんな汚い手に溜まった水なんて飲ませるわけにいかない。
「手が汚れてたから洗った」
「うむ」
手はキレイになったけど、ユイファは本当に僕の手から水を飲むつもりなのだろうか?
「どうした? 喉が渇いた。はやく」
「あ、うん」
もう一度ウォーターを唱えて手の中に水を溜める。ユイファは僕の手を下から支え顔を近づけ、口をつける。
ユイファの喉が動き、ゴクゴクと水を飲み込む微かな音が聞こえる。
水を飲み進めていく内に顔は手の中に沈み込み。ユイファの長いまつ毛が肌を撫で、ユイファの唇が掌に当たった気がした。
唇がふれたかもしれない場所が熱を持ちジンジンと痺れるような感覚が掌全体に広がって、体中がドキドキと脈打ち顔が熱くなる。
「ふぅ、生き返った。魔法の水は少し苦いのだな。新しい発見だ」
きっとユイファは僕を男として意識なんてしないんだろうな、いつも通りの平常運転だ。
ユイファが立ち上がって伸びをする。その動作にフワッと清潔な女の子の香りがして、さらにドキドキが加速した。
(僕ってもしかして匂いフェチの方だったのか)
「さてと、暗くなる前に野営の準備をしないとな」
僕がくだらない事を考えているとユイファが休憩を終えて動き出した。
「野営の準備って何をすればいい?」
「寝床を確保するために地面を均すことだな」
茂みが多いところ進んだおかげか、ここら辺は雑草の類も大きく成長している。もし横になるなら刈り取る事も必要だろうな。
「私は虫よけに使える薬草を探してこよう」
「わかったここは任せて」
腰からストーンナイフを引き抜きユイファに手渡す。
「ユイファ、気を付けて」
「わかっている。遠くまではいかない」
ユイファが茂みの中に消えた事を確認して、さっそく均し作業に入る。
ざっと辺りを確認して、顎に手をあてどうするか考えた後、使う魔法を決めた。
「ドライ」
まずはこの生い茂る雑草をどうにかしないと地面すら見えない。ストーンナイフは渡してしまったので、刈り取る事ができないとなれば、枯らしてしまうのが良いだろうと雑草から水分を抜く。
雑草は茶色く色褪せ、みるみると萎れて枯れた。その場に残ったのは植物の繊維質だ。枯れた雑草を抜こうとしたら。
枯れた植物というのは意外に丈夫で、これがなかなか厄介だった。
火をつければ簡単に燃えそうではあるが、さすがに火は目立つしマズいだろう。
簡単に抜けないのは地中にしっかりと根付いているからだ。それなら何とかしないといけないのは地面の方かと思考を切り替える。
それなら次に使う魔法はもちろん。
「サンド」
前面に効果を指定して雑草したの地面を砂化させる。そうすると先ほどとは格段に引き抜きやすく、僕の力でも掴めるだけ掴んで束にしても一気に引き抜くことが出来た。
雑草は全て引き抜いて一か所にまとめて置く。地面が砂になっているおかげで実際に地面を均す必要はほとんどなくなっていた。
村の寝床では藁などの干し草を敷いてクッションにし、その上に毛皮をかけている。幸いなことに毛皮ならある。
枯らした植物をみて蛮族鈍器で解してみるかと手を伸ばすが、その手は空を切った。そういえば投げて回収する余裕はなかったな。
植物は食物繊維まっすぐ伸びている。それは人間で言う骨格のように植物自体を支える。なので横方向には強いが、繊維に沿った縦方向だと簡単に裂けたりする。 麻などの繊維は上質で茎の部分からなどはある程度の長さを確保できるため使いやすい。
植物から繊維を取り出す方法は皮を枯らせたり、腐らせたりして植物の細胞を脆くした後に叩いたり、削いだりして繊維と分離させる。
「クリエイト」
ここまでするつもりはなかったのだけど、硬い枯れた植物だとクッション性はないので工程を思い浮かべ繊維だけを取り出した。
まるで錬金術のように、植物を素材にして撚糸(ねんし)が出来上がった。それがきっかけになったのかウィンドウが突然開いた。
【チュートリアル:錬金釜】
(錬金釜?)
『シティコアのメニューから錬金釜を選びましょう。錬金釜に入れる素材を選択して実行するとアイテムの制作ができます。アイテムを組み合わせるとより高度なアイテムが作成できます』
魔水晶の使用方法のようにウィンドウ内で説明が開始される。シティコアというもののメニューに錬金釜があり、その中に木を入れて選択すると木材となって取り出すイメージが表示されている。
どうやらクリエイトの魔法が出した結果が錬金術と同じ仕様だったため、チュートリアルスイッチの条件を満たしてしまったのだろう。
......ということは、別に全魔法がなくても、クリエイトと同様の機能を持ったシステムがその内使えたわけだ。
それは少しだけ全魔法をとった意味が薄れたような気がして、自分の特別性が失われたような気がして、嫌な気持ちになった。きっと僕は心が狭いのだろう。
この世界はなんなのだろうか、ゲーム性があるのは疑いようがない。しかしゲームのジャンルは何になるのか?
そんな答えの見つからない考えをしていたらユイファが無事に戻ってきた。
「......マナブは予想の斜め上しかいかないな」
「自分器用なんで」
「ふふ、またそれか」
こんな状況下の、くだらない僕の冗談にくつくつと笑うユイファに僕の口角もあがる。
「これは糸か、すごいな大量だ。これを何に使うのだ?」
「寝床の下に敷こうと思って」
「それはまた、贅沢な使い方だな」
「もう地面は均してあるからとりあえず敷いてみよう」
「うむ」
ユイファと協力して糸を地面に広げていき、毛皮をかける。
「......ごめん。これ、まったくクッションになってないね。失敗した」
「十分だ。これなら毛皮から外れて寝ても大丈夫だな」
確かにユイファの腰巻の毛皮は寝床に使うには大きさが足りない。そう考えるなら敷物として優秀なのかもしれない。
ユイファはさっそく上がり、座って感触を確かめている。
「いいなコレ。また作れるか?」
「もちろん」
「そうだ。この薬草を肌に擦りつけてくれ、虫よけになる」
ユイファの指示に従って薬草を揉んで丸めて、肌の上で転がす。スーッとした清涼感のあるハッカに似た匂いがある。
―――しぱらく無言で体を休めていると、隣からユイファのすやすやと寝入る音が聞こえる。
(......寝たのか)
辺りは闇に包まれてユイファにとっては就寝時間はとっくに過ぎていたとはいえ、この状況で寝れるのはすごい。
毛皮をそっとユイファの体にかける。
暗闇に紛れているからの安心なのだろうか? 僕は逆にこの暗闇を怖いと感じる。相手から姿が見えない安心感よりも、相手の姿が見えない恐怖感の方が強い。
ここは草木に囲まれているので、何かが近づいた時は足音や草を分ける音が聞こえるので周囲に気配がないのは分かっているのだが、それでも怖いものは恐い。
こういう時気配察知のスキルやら、マップに赤点表示とかあればいいのだけど、僕にそういう類のものはない。
マップ機能って必要不可欠なほど便利だったんだ。
今日は寝ずの番だなと長い夜を過ごしていると、またしてもウィンドウが開いた。
【邪悪なる進行 リザルト:敗北】
『朝凪マナブのレベルがダウンしました』
「......は?」
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