第48話 邪悪なる進行
魔物を倒した結果、レベルが上がり回収の制限が解除された。
チュートリアルが表示され、回収の効果が説明される。
『魔物を倒した際、魔水晶を自動で回収する』
ウィンドウが閉じると、散らばっていた魔水晶が光となって僕の体に吸い込まれていった。以前倒した魔物の魔水晶も消えており、ステータスを確認すると新しい項目が追加され魔水晶100の表記があった。
(こういうところはゲームだよな)
敵は間違いなく倒せる。この調子で1体ずつ慎重に間引くかと考えた矢先、2体の魔物に気付かれて考えを改める。
レベルが3に上がったからと言って、2体を同時に相手できる戦闘力ではない。
1匹倒したところで状況は変わらない。調子に乗って囲まれて逃げ場をなくしてしまえば終わりだ。
今は生き延びることを優先して行動しろ。
魔物の視線から切れるように森の障害物を利用して逃げる。
僕が走り出したと同時に魔物も追跡の為に駆け出した。先ほどと同じ犬型の魔物が2体だ。
あの魔物足は人間並みの速度だ。逃げ切れるか? いや体力が持たない。追いつかれる前に1体倒して数の不利をなくさないとキツイ。
どうする。逃げながら何ができる?
「ストーン」
手の中に石が形成される。だが小さい。もっと大きくなるように魔法を継続。野球ボールより少し大きいぐらいまで作り上げ、クリエイトを使って強度を増す。
反撃に適した地形を探して走り続けているが、少しずつ魔物が彼我の距離を詰めてくる。追いつかれるまで時間がない。
少しぐらいの妥協は仕方がないか。
「はぁ、はぁ、サンド!」
進路方向前を指定して、地面を砂化させる。砂地と化した地面を跳び越え、着地と同時に体を反転。
「ウィンド!」
砂が突風で巻き上げられ砂塵となって魔物に襲い掛かる。
一時的に砂塵が視界を遮り、お互いの位置が曖昧になる。使える魔法は全部使え!
「ファイア!」
砂塵の中に火炎を放り込む。少しでも怯んでくれたら儲けものだ。
「マッド」
ファイアを継続したまま地面に手をつき、狭い範囲だが限定的な足を取られる深さの沼を作り、後ろへ下がる。
僕の予想が正しければ魔物は、炎の発生源を目標として最短距離で突っ込んでくる!
予想通り魔物は炎を突っ切って目の前に現れてくれた。すぐさまファイアを解除してストーンを握りしめ投擲動作に入る。チャンスは一回きり、持ち前の器用さを活かして当てろ。
魔物が急な足元の変化に対応できず泥濘(ぬかるみ)に足を取られたところを狙って作り出した石を投げる。
ストーンで作り出した石には攻撃力が備わっている事は既に確認済み。しかもそれはストーンを重ね掛けする事で微量だが増加する!
「ストーン」
魔物に向かって投げられた石は周囲から素材を吸収して一回り大きくなる。速度そのままに質量を増加させた石は魔物の胴体に命中。
魔物はバランスを崩して体を泥濘の中へ落とした。そこまで泥に体を沈めては容易に身動きはとれない。ここで確実に1体を仕留める。
魔物の身動きを止めた後の必勝パターン。蛮族鈍器で殴りつける。
「脳天割!」
良し! 魔物は砕け魔水晶へと変化した。
しかし、攻撃の隙を突いたかのようにもう1体の魔物が僕を噛み殺そうと大口を開けて飛びかかってきた。
足は泥濘に入って、咄嗟に横に転がることもできない。1発ぐらい攻撃を受けるのは覚悟済み。だからといって黙って攻撃を受けると思ったら大間違いだ。
「ウォーター!」
水流を魔物の腹の下から当てて体を持ち上げるように、体勢を低くして彼我との間に水の壁を作り出して軌道をずらす。ほんの少しで良い。
攻撃は当たらなければ全てノーダメージだ。
魔物は水流に負けて、攻撃を当てれぬまま僕の頭上を越えていった。
「ドライ!」
すぐさま足元の泥濘を解除して、無理矢理足を引き抜く。
態勢を立て直し、魔物と向き合う。これが必殺、全部僕のターンだ。お前に1ターンたりとも与えるものかもったいない。
これで1対1の仕切り直しだ。魔物は意思でもあるのか悔しそうに唸っていた。
「自分器用なんで」
ここまではうまくいった。荒くなった呼吸を整えながら次の戦闘を組み立てる。
ただ、がむしゃらに蛮族鈍器を振り回しても低い位置にいる敵に攻撃は当てれない。隙を作ってしまうだけだ。
僕が相手の動きを止める方法は魔法しかない。
自分から仕掛ける事はせずに魔法のクールタイムが終わるのを待つ。短いはずのクールタイムも今は1秒が長く感じてもどかしい。
魔物は煮えを切らしたのか、まっすぐ飛び込んできた。牽制のために蛮族鈍器を振るう。
魔物は進路方向を直角に曲げ死角へと潜り込む。
視界から魔物の姿が消え、一瞬にして危険を感じた僕は見えない敵に向かってサンダーを唱え急いで体の向きを変える。
サンダーで怯んだのか、それとも単純に一拍間を置いたのか。重心が定まらない隙を突いて、魔物は体当たりで僕を地面に押し倒した。
魔物は前足で肩を押さえつけ、鋭い牙で噛みつこうとする。
体当たりの瞬間、反射的に蛮族鈍器を手放して倒された体勢から魔物の顔と喉を掴み抑えた。
必至に噛みつきから逃れようとするが、力は魔物の方が強く、腕を大きく振られてしまう。力を抜いてしまえば噛みつかれてお終いだろう。
だからどうした。バカだな力勝負なんてするかよ、僕は非力な魔法使いだぞ。
「ファイア!」
手に炎が宿る。手で押さえつけているせいか火炎放射のような噴出はない。しかし確実にダメージが入る事は初戦で実証済みなんだよ。
火に焼かれてHPに継続ダメージが入っているのか暴れ出す魔物。例え威力は少なくともHPさえ削ってしまえば肉体は脆い。嫌がってくれているなら上々だ。このまま焼き殺してやる!
魔物の前足の爪が食い込みHPが削られるが、まだ余裕はある。回復は後回しにするしかない。それよりもMPの残りが少ない。
このまま押し通せるか? 無理ならトドメはあきらめて態勢を立て直すか判断が難しいところだ。
じりじりMPが減り確実にダメージを与えているが、間に合わない。敵を倒すには至らなそうだ。
視線を動かして蛮族鈍器が落ちている場所を確認する。
こうなってしまったらどうにか抜け出してもう一度仕切り直さないと。
魔物の首が上がる隙を待って、サンダーを唱える。一瞬のスタンを見逃さず横へ押し倒して蛮族鈍器を手にするために走りだす。
もし、背中に迫っていたらキツいがHPは十分に減らした。もう相打ち覚悟で仕留めるしかない。
―――蛮族鈍器を手にして振り返った時、魔物は迫ることなく。天を向いて口を開こうとしていた。
(まずいっ!?)
イヤな予感がして後先考えるのは無しに魔物の行動をとめる。それを最優先とし蛮族鈍器を振りかぶり投擲した。
蛮族鈍器はグルグルと回転しながらも魔物目掛けて飛んでいく。このまま進めば間違いなく命中―――。
『ワ゛オォオ゛ォおぉぉぉぉン』
魔物は遠吠えと同時に蛮族鈍器に命中して魔水晶となって砕けた。
魔物の周りに空間の歪みが発生して亀裂が入る。
空間の亀裂からは煙が噴き出しボトボトボトと黒い物体が溢れるようにこぼれ落ちる。何体こぼれ落ちたかなんて確認する必要もない。......無理だ。
―――気付けば背を向けて走り出していた。
背後から迫りくる脅威を意識したその時、日本で津波に飲み込まれた瞬間の恐怖を思い出した。
津波はただの海水ではない。中は津波に飲み込まれた物体が渦巻いている。
津波に飲み込まれると同時に全身を石や木片、飲み込まれた障害物で体を強く打ちつけられる。
体は地面に倒され。津波の中をゴロゴロ転がされながら呼吸もできず上も下もわからないまま意識を奪われ海の藻屑となる。
なんのために生まれて来たのかわからないまま。
僕が生きた証もなにも残せないまま。
飲み込まれれば抗う事もできずにただ、無意味に自分の命が消されてしまう。
まただ。
―――今度は魔物の波に飲み込まれて僕は死ぬ。
さっきまで無敵の様に錯覚して強がっていた心が色を失う。
急に悲しくて、怖くて、情けなくて、視界が涙で滲む。
生きたい。生きたい。もっと生きたい。
バランスを崩して転倒する。
まだ足は動く。まだ走れる。立ち上がれるだろ、くそっ! くそっ!
「くそぉぉぉぉぉぉ! なんでだよぉ! 動け! 立て、立つんだマナブ。足を動かして逃げるんだ」
足をバンバン叩いて叱咤する。だけど心はどこか折れてしまって足がガクガク震えて力が入らない。
諦めが胸中に広がっていく。あぁ......また僕はダメなんだ。
言う事を聞かない体と、現実味帯びた死と、前回の死の追憶がフラッシュバックしてパニックになった僕は叶いもしない願望を口にする。
「だ、誰か! た、たすけ」
「ッマナブ!」
僕を呼ぶ声にハッと辺りを見渡す。
「......ユイファ」
ユイファが息を切らしながら藪を突き抜けて駆け寄ってくる。ユイファの位置から後方に魔物の大群がいる事も見えているだろうに彼女の瞳はまっすぐ僕だけを捉えていた。
しかし、なんでここにユイファが居るのか? もしかしてさっき僕が叫んでしまったから声が聞こえて近くまで来てしまったのか。
ダメだよ。なんで僕なんかのところに来るんだ。ユイファ見えるだろ? 魔物が迫ってきてる逃げて......。
「立て。逃げるぞ」
「ユイファだめだ。足に力が、早く逃げて!」
どうしよう僕のせいで呼び寄せてしまった。ユイファの為に時間を稼がないと。
「バカモノ一緒にだ! 足がどうした動かせ! イヤでもついてこい! 死ぬ気でついてこい!」
ユイファは僕の額にガツンと頭突きをして啖呵を切った。
「いいな」
頭突きの衝撃でじんわりと体に熱が灯る。この状況では弱音を吐いても始まらない。深く息を吸い込み、折れた心を立て直すと、力強く頷いた。
ユイファは力強く僕を引き上げ、立たせた。
2本の足で立ち、目元を拭い情けない顔を引き締める。
「良し!」
人型の魔物の軍勢はゆっくりと隊列を組んで歩いてくる。時々上がる奇声がまるで『ほら、逃げろ、逃げろ』と面白おかしく煽り立てているようにも聞こえた。
「ファイアーボール」
ユイファは後方を睨むとファイアーボールを放ち、火の壁を作り出した。攻撃ではなくただの目くらまし。
それと同時に森の中へ進みながら姿を隠す。ユイファはあえて進みにくい険しい道を選んだりして進む。常に敵の視界から姿を隠せるような位置取りだ。
森の中はユイファの独壇場だった。
―――長い事足を止めなかったおかげで追手の気配は遠くへ消え、辺りは静寂に包まれ、逃げ切れたと確信した。
僕達はゆっくりと大木を背に腰を下ろすのだった。
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