第8話 困窮の村

 タジキさんの案内に従って森の中を歩く事30分程度、目的の集落に辿り着いた。


 異世界の町は僕が想像していたものとはだいぶ違っていた。


 タジキさんが集落と言ったように、それは町とも村とも呼べない。

 現代で言うならアマゾンの僻地で文明とは無縁の生活をしている原住民の集落といった感じにさすがに絶句する。


 家というにはお粗末な木の枠組みに藁をのっけて日差しを遮る程度の質素な作り、正直に言うと危機感というか、絶望感というか、不安で心臓がズキズキと苦しい。


 僕の表情も引き攣ったものになっていることだろう。ここで暮らしていく自信が全くない。


「タジキ、そいつはどうした?」

「はぐれだそうだ」

「そうか、またひとつ集落が潰れたか」

「みんなを呼んでくれ、魚がある。時間が経つと傷む」

「おぉ! 大漁だな! わかった」


 タジキさんとやり取りした人が集落に居る人たちに声をかけに離れていった。

 僕はどうしたらいいのかわからず、キョロキョロしているとタジキさんが担いでいた壺を背からおろした。


「ここで待とう」

「はい」


 しばらく待っていると人が集まってきた。大人も子供もいる。共通しているのは誰もが小汚いという印象だ。


「みんな、彼はマナブ。はぐれで野犬に襲われているところ助けた。彼は魚を獲るのが上手い。これは彼が獲ったものだ。みんなにご馳走するそうだ」


 タジキさんが僕に視線を送るので、前にでて魚を捧げる。


「マナブです。よろしくお願いいたします」


 代表だろうか? 初老の男が近づいてきて魚を受け取ってくれた。


「川の恵みを感謝する。わしはロロイじゃおまえを歓迎しよう」

「ありがとうございます」


 ロロイさんが魚を受け取ったことで周りがガヤガヤと賑やかになる。


「マナブついてこい。娘を紹介する」

「あ、はい」


 タジキさんが集まっている人を間を通り抜けていくのに従って歩いていくと1人の女の子と視線が合う。

 見た感じ17歳ぐらいだろうか? 同い年くらいに見える。


「娘のユイファだ」

「マナブです。よろしくお願いします」

「マナブか、タジキの娘ユイファだ」


 ユイファと名乗る女は褐色の肌にややつり上がった勝気な黒い瞳、顔立ちは整っている。

 麻の服と毛皮を重ねたような服装をしていた。


「ユイファ、マナブの寝床を作るのを手伝ってやれ」

「私が面倒をみるのか?」

「いやか?」

「イヤではない。今日は木の実をとりに行こうと思っていた」

「マナブが獲った魚がある。明日でいいだろう」

「わかった」


 ユイファが僕を手招く。


「ついてこい。マナブの寝床を作ろう」


 タジキさんの方をみるとコクリと頷いたのでユイファについて行くことにする。


「ユイファ、食事の時間にはマナブも連れてこい」

「わかっている。魚料理が楽しみだ」


 振り返るとタジキさんは反対方向へ歩いて行った。


「マナブは魚を獲るのが上手いのか?」

「うん、魔法をつかって気絶させるんだよ」

「それはすごいな、普通は魔法を使ったら気絶どころじゃすまない」


 気絶どころじゃすまないってどんな威力の魔法を魚にぶつけるつもりなのだろうか?


「マナとは魔法の素を表す言葉だ。マナブは魔法が得意なのか?」

「まだあまり使ったことがないからわからない。色々使えるとは思うけど」

「そうだな、魔法は危ない。私も普段は禁止されている」


 ユイファも魔法を使えるのか、どんな魔法が使えるのだろうかと興味が湧く。


「ユイファはどんな魔法を使うの?」

「私か? 私は火だ。ジャシンが始まったら戦うために私は火の神に願った」

(ジャシンが始まったら?)

「マナブここが私の家だ」


 家というより小屋というか、言ってはあれだけど随分とみすぼらしい。

 大きさからして3人が横になるのがギリギリと言ったところじゃないだろうか。


「寝床を作るには干し草か藁を集めて、毛皮を敷く。マナブの分はないから干し草を集めにいくぞ」

「わかった」


 ユイファは家の裏手から森の中へ入っていった。


「ここの森には魔物はでないの?」

「マナブはおかしなことを言う。魔物は魔力溜まりからでてくる。踏み入って刺激しなければ襲ってはこない。

 森を歩く時に危険なのは獣の方だ。獣が逃げる時に誤って魔力溜まりを刺激してしまうことがある。」


 魔物とはそういうものなのか、確かに生物とは違う無機質な不気味な存在だった。


「ここに枯草が沢山ある。持てるだけ持って帰るぞ」

「わかった」


 僕達は枯草を大量に持ち帰って、ユイファの指示を受けながら寝床を作り始めた。枯草を草紐でひとまとめにして物干しに吊るしていく。ユイファは樹皮を引きちぎって持ってきて焚き木にした。


「この木の皮は煙が良く出る。枯草はこの煙で燻してから干すと良い干し草になる」


 作業が終わり、ユイファが腕を組んで煙の様子を眺めているころに、集落の中央からカンカンカンカンと何かを叩く音が聞こえた。


「干し草はこのまま放置で良いだろう。飯の時間だ。行くぞマナブ」



 テキパキと動くこの世界の女の子はすごいと思った。

 

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