第5話 追跡
森の中は思ったより静かだった。
僕が思う森とは猿や何か犬系の獣が遠吠えしてたり、鳥たちの鳴き声がせわしく聞こえるものとばかり思っていた。
だけど実際はそれら動物の気配というモノはほとんどなく、たまに鳴き声が聞こえてもどこから聞こえてくるのか全くわからない。
森の中で懸念していたのは魔物との遭遇なのだが1時間程歩き続けたところ遭遇する気配はない。
ゲームの感覚だともっとひっきりなしに戦闘があるものと思っていたのだけれど、肩透かしを食らった気持ちだ。
いや、命のやり取りが頻発するような戦闘はしたくはないのだからその方が良いのだけれど。
「それにしても喉が渇いたな」
近くに水場があって欲しいが今のところ見つからない。そうなってくると魔法で作り出した水を飲むという選択肢がでてくる。
試しに魔法を唱えてみた。
「ウォーター」
魔法は問題なく発動してお椀型にした手の中に水が湧き出るように溜まった。
......なんというか手から大量に滲み出た汗が溜まった感じがして拒否感がヤバい。
もし将来的にパーティーメンバーができたとして、おっさんの水魔法使いが出した水を僕は飲めないと思う。
筋肉隆々でも肥満体系でも関係ない。『ほら、飲めよ』って手に溜まった水を差し出されても絶対に飲みたくない所存だ。
女の子だったら? その時考える。
しばらく手の中の水とにらめっこをした後に、においをスンスンと嗅ぐ。無臭であることを確認してひとくち口に含んでみる。
魔法で作り出した水は口当たりはやわらかいのだが、思いの外苦味を感じた。
「飲めなくはないけど、後味が悪いな......」
体への影響もわからないし、飲む量は最小限に抑えた。
更に歩きやすい場所を選んで当てもなく進んで2時間が経過したころ、動物を発見した。
この世界に来てから魔物以外でみる初めての生き物。当たり前の事だけどちゃんと動いている。
鹿のような動物は特に辺りを警戒する事もなく食事と移動を繰り返している。
この世界の文明レベルは未だわからないが、異世界に来て生活する上であのような野生動物を仕留めて食べる必要性があるのではないかと思う。
動物を殺す。
まだそんな覚悟はないが、明日にはそんな事も言ってられなくなるかもしれない。
僕は動物の後を追って観察することに目標を切り替えた。
追ってみるとわかる野生動物のたくましさ、道なき道を苦ともせずにひょいひょいと障害物を越えて進んでいく。
森になれていない僕は後を追うだけで足場の悪いとこで転び、木の枝でダメージが入る。
特別痛みなどはほとんどないのだがHP が1減るだけでもヒヤッとする。なんたって僕のHPは10しかないのだ【ヒール】が欠かせない。
辛抱強く後を追っていると心地よい音が聞こえてきた。
(水の音だ!)
どうやら鹿みたいな動物は食事後の水を飲みにここまで来たようだ。
―――これはチャンスだと思った。
もともと殺すつもりはなかったが、僕としても食糧は必要だ。
ここには水もあるし血で汚れてもすぐに洗い流せる。
迷ったのはほんの数秒。
僕は覚悟を決めた。
(名も知らない鹿さんごめんよ。僕を水場まで案内してくれてありがとう。僕が生きるために死んでくれッ!!)
「深淵なる火炎の業火よ、我の障害となる敵を焼き尽くせ! ファイアー!!」
僕は全身から魔力をかき集め、右手を前に突き出し、左手で手首を掴み支えて渾身の力を振り絞って魔法を唱えた。
僕の右手には熱が集まり、大道芸人の火吹きのような火がブオ――――って出た。
それはそれは、見事なブオ――――! だった。
3秒ぐらい出た。現代でこんな炎がでたら危ないどころではない。しかし、しかしだ。異世界でそれは弱すぎである。
5メートル先ぐらいにいる目標に当てるつもりで放った魔法は僕の手のひらから30センチぐらいのところまでブオ――――! ってして終わった。
鹿さんは突然出た火にびっくりして一目散に逃げて行った。
賢明な判断だと僕も思う。
僕は魔法を放ち終わった右手をゆっくりと下げ、手を重ねてさする。
手に熱はこもらず、熱くはないことを確認すると。両手で顔を覆った。
「......恥ずかしいぃ」
正直僕は疲れが溜まって鹿を追いかける内に変なテンションになっていた。
バレないように傷つきながら後を追う、傷ついたHPをヒールで癒しながら進む僕は、異世界の狩人で魔法使いだった。
「火炎の業火ってなに?」
自分にツッコミを入れた後、無詠唱で遠くに飛ばすように魔法を唱えてみた。
「ファイア」
ぽつりとつぶやいて発動した魔法はさっきと変わらない威力でブオ――――! ってなった。
手か吹き出る炎も変わらずに3秒ほど噴き出て消えた。
それをなんとも言えない顔で見つめた僕はこの先テンションが上がってもオリジナルな詠唱をしないと心に誓う。
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