第6話 はじめての野宿
鹿を追いかけた先にあった綺麗な小川。
鹿もこの水を飲んでいたので飲めない事はないと思う。
川の水を掬い上げじっと見つめる。
きれいな水だ。
それなのに僕の脳裏に無邪気な子供の声で『森の水には小動物などの死骸が浮いていたり、野生動物の糞尿が混じっているかもしれないよ』と囁いてくる。
掬い上げた川の水を近づけてじっと見つめる。きれいな水だ。
しかしじっとみていると何か細かいものが舞っているような気がしてくる。
ニオイを嗅いでみる。
無臭だ。遠目で見るととてもきれいだ。しかし頭の片隅で『動物のウンコ』って単語が離れない。すごい厄介だ。
思い返せば日本の海水浴場での記憶を思い出す。
浜辺で休憩している時だった。
近くには親子連れがいて、幼い子供が『おしっこー』って言った時、親はあたりをキョロキョロと見渡してトイレに行列ができていることを確認したら、子供を海の中へと連れて行った。
帰ってきた子供はどうもスッキリしたようすだった。
僕には海で何が行われたのか知らないが、今日は海に入るのはやめておこうと思った思い出が鮮明によみがえってくる。
この場合まったく関係ないのだけれど、川魚には寄生虫も多く生食はとても危険だという。
それはもしかして動物のウンコを魚が食べているからなのではないだろうか。
僕は一旦水を川に戻して腕汲んでもっとじっくり考えてみた。
森に住む野生動物のほとんどは草食動物だと思う。
食物連鎖もあるのだからもちろん肉食動物もいるだろうが、さっき水を飲んでいたのは鹿っぽい草食動物だった。これはまちがいない。
だとすると奴らは草や木の実を食べている。
体の中を1回通過したとしてそれらは草や木の実などの植物に違いない。
つまり木の枝や落ち葉とそこまで違いはないはずだ。
思考は更に深まり以前何気なくみたドキュメンタリーの番組を思い出していた。
その番組によるとモンゴルの遊牧民は放牧した家畜のフンを乾燥させて大事にとっておくそうだ。
なんでも乾燥させたフンは火がつきやすく着火剤として優秀らしい。
記憶が間違っていなければ、あのとき乾燥したフンを素手で触っていた。つまり汚くはないのだ。
テレビで見たそれは乾燥した干し草の塊のような見た目をしていた。
「答えはでたな、ウンコはウンコだ。ウンコが混じってる可能性が捨てきれない」
こんなに『ウンコ』って連呼したのは小学生以来のことだ。
ウィンドウを開き魔法の一覧を眺める。僕の全魔法には本当にたくさんの魔法が並んでいる。どれも低級の魔法だが汎用性が高い。
ページを切り替えると目的の魔法があった。『プリフィケーション』だ。フレーバーテキストには浄化するという説明が書いてある。
「プリフィケーション」
僕はもう一度川から水を汲み上げ浄化の魔法を唱えた。
手の内側が淡く光り、手の中にはきれいな水が残った。
おそるおそる口に近づけごくりと飲み込む。
天然水だからだろうか、なめらかな口当たりに雑味がなくすっきりと飲みやすい。
ごくごくといくらでも飲み干せるので美味しい水といって良いだろう。
しばらく考え込んでいたせいか段々と空が赤らんできた。森の中を彷徨うのは危険だと判断して、今日はここで野宿になることを覚悟する。
正直、お腹も空いたし体の疲労も溜まりヘトヘトだった。
川には魚がいるだろうと思い付きで魔法を唱える。
「サンダー」
指から雷光が走り水面を撃つ。雷が水に吸い込まれてすぐに魚がプカプカと浮いてきた。
おやおや、僕のサバイバル能力はかなり高いのではないだろうか? 魚を回収して岩の上に置いてどう調理しようかと悩む。
料理なんてほとんどしたことがない。
このご時世魚の解体などは動画などで何回も見たことがあるけど、実践したことなどない。
魚を回収してから時間をかけすぎたせいか気絶していた魚がビチビチと暴れ出した。
「あぁ! しまったトドメを刺さないといけないのか!?」
慌てて落ちていた石を握り込み、魚の頭を石で打ち付ける。
ガツンという衝撃とともに動かなくなり、魚を殺したという実感がしてなんだか心臓がキュッと痛くなった。
魚なら何も感じないと思っていた。
それでもくるものがある。今にしてみればやはり、鹿を殺すのはまだ覚悟が足りていなかったと思う。
他の魚も気絶している間にトドメをさす。2匹目は最初よりも躊躇いが大きかった。
しかし、3匹目、4匹目と繰り返すうちに心は無に近づいていく。
心の防衛反応なのかどうなのか、きっと次同じように命を奪った時、もう僕は魚を食糧としてしか認識しないような気がする。
完全に命を失った魚は、とても見慣れた食材として認識されるのだった。
曖昧な知識で魚を解体する。取り除くものはエラと内臓だ。尖った石を見つけ出して頭と腹のつなぎ目辺りに切れ目を作る。尖っているとは言っても石に切れ味はない。切るというより破くと表現した方が正確だろう。
魚の腹をどうにか開いたら内臓を全て掻きだして川の水で洗う。これをまずは繰り返す。
次に魚の鱗を剥がないといけなかったハズだ。石や爪を使ってどうにか鱗を引っ掻けては剥いでいった。
結構大変な作業で時間がかかり辺りはどんどん暗くなっていく。
暗くなりきる前に木の枝や落ち葉を拾い集めて焚き木を作る。魔法が使えなかったら火を起こせず詰んでいたかもしれない。
木の棒を串代わりに魚にぶっ刺して、焚火の周りに立て掛けていく。
すべての作業が終わってあとは焼けるのをじっと待つだけ。「はぁ」とため息をついて腰を下ろすともう立ち上がる気力も湧いてこないほど疲れた。
焚火の揺らめく炎をじっと見つめて、パチパチと爆ぜる枝の音を聴く。
安全が保障された場所なら癒しのひと時だったかもしれない。
気がつくと真っ黒に焦げている魚をひとつ手に取り、表面を削って中身を食べる。味付けされていないので旨味はぼやけてはっきりしない。
すこし川臭い癖のある風味がしてどちらかと言えばマズかった。
それでも空腹には耐えらず胃の中にいれていく。
会話する相手もなく、危険な森で、マズい食事をとる。どうしようもなく心細くなって視界が滲んでくる。
「ッず」
鼻をすすりながら、懸命に食事を続ける。今は何も考えない。
満腹になった僕は体を倒して横になる。地面は石が散らばっていて体に当たり痛いはずなのに、そんなことはどうでもいいと強烈な睡魔に襲われて意識が途切れるようにそのまま寝てしまった。
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