第29話 お肉が食べたいの4

 かつて、哲学の父と呼ばれるソクラテスは『無知の知』という考えが基本だと言った。


 要は自分が無知であることを知っているという事が重要で、自分がいかにわかっていないかを自覚することが大事だという。


 僕はこの考えがすごくカッコイイと思った。だから僕の生きる指標として無知の知を自慢する事にした。


 ある時、この言葉がつかえる場面が訪れたとき僕は嬉々として言った。


『僕は何も知らないのさ』


 唇に人差し指を添えて、やや首を傾げる。僕の考える最高にクールのポーズを決めた。


 しかし心外な事に相手はこう返答した。


『バカなの?』


 ――っと、いやいやちょっと待ってくれよお嬢さん。そうじゃない。

 ちゃんと続きがあるから耳をかっぽじって聞いておくれよ。



『でもね、僕は自分が何も知らないのを知っているのさ』

『自覚のあるバカなの?』

『......』


 この時僕は悟った。


 別に言わなくて良い事は、言わない方が良い時もあるのだと。


 まぁ本当に肝心なのは知らない事を自覚したならちゃんと教えを請いて正しい知識を手に入れなさいって事なんだけどね。


「うーーーん?」


 僕は首を傾げて唸っていた。


 控えめに言って僕は器用だ。大抵の事は要領を理解してわりと何でもできる。

 それで粘土に関しては家も作ってしまったから得意分野になりつつあると確信していた。


 それでせっかくお肉が食べられるなら、文明的な食器というものを作ろうと異世界陶芸家としてそのチカラを遺憾なく発揮しようと思ったのである。


「全部割れてる......」


 そこら辺の土を材料にしているのが悪いのか、材料の配分が悪いのか、作り方が悪いのか何が原因なのかわからないけど、僕の作品はことごとく失敗した。

 万能であるはずのクリエイトの魔法も上手く発動しない。


 異世界陶芸家になった瞬間からのスランプ発生である。


(はぁ......どうしようかな、うまくいかないと急につまらなくなるこの感じ。散歩でもしてユイファの料理が完成するまで時間をつぶすか)


 散歩をすると言っても村の中である。


 村の人の顔も段々と覚えてきた。この時間になるとそれぞれ家で細々とした作業をしたり、休憩してしている姿の方が多い。


 ユイファに起こされるのが僕的には朝の5時あたり、まぁ暗くなるのが19時くらいだとして僕が寝るのが20時過ぎぐらい? ユイファは暗くなったらすぐ寝るって感じだけど、20時就寝の5時起床......9時間睡眠かめちゃ健康的な生活じゃん。

 思ったよりちゃんと寝てるのか。


 それで大体5時半から仕事を開始して、お昼まで休みなし。


 えぇ......朝だけで6時間仕事してる。つまり、午前中が食材集めで、それからは......。


 僕はキョロキョロと村の住人の日暮れまでの暮らしを観察した。


 午後は生活に必要なものを作ってるのか......。


 人々はカゴを編んだり、道具を作ったり、やってることは僕と変わらなかった。

 完全に物も食材も自給自足。たまに物々交換もするみたいだけど、生活するだけで1日を費やしていたら発展も難しいだろうな。


 役割分担は家族中だけ、子供の数は少ない。僕も何もないから自作しようとしているけど、やっぱり将来を考えるなら早めに街へ活動拠点を移した方がいいのかもしれないな。


(どうしてここの人たちは町へ移住しようと思わないのだろうか?)


 村の家を1軒、1軒覗いていると目的の人物が見つかった。

 話した事はないけど家の前で土器作りをしている。早い話、作り方を教えて貰おうと思ったのである。


「こんにちは」


 僕が声をかけると、目的の人物は作業を止め不思議そうに僕を見た。


「僕はマナブ。悪い人間じゃないよ」

「え? なに?」


 気を取り直してもう一度自己紹介をしよう。


「僕はマナブ。悪い人間じゃないよ」

「なんだろう......すごい悪そうな人が言いそうなセリフだよぉ」


 RPGのキャラクターの様に同じセリフを繰り返しただけで悪い人扱いとは風評被害も甚だしい。


「ちょっと教えて欲しい事があって、いいかな?」

「あぅ、えっと」


 前髪を目元まで伸ばした女の子。同世代だと思うけど多分年下かな?

 キョロキョロと周りを見渡して焦っている。


 もしかして人と接するのが苦手なタイプ?


 僕は一旦女の子から距離をとって落ち着くように言う。


「ごめんごめん。知らない人が話しかけたら困るよね」

「......」

「えっと、そうだ、ユイファやパンヤオとは友達なんだけど......最近この村にきて暮らしてる。家はユイファの隣で......その土器を作ろうして、失敗続きでどうやって作るのかを知りたいんだ」

「土器の作り方が知りたい?」

「そう」


 僕は必死にコクコクと頷いて他意はないことをアピールする。


「土器を作るのは私たちだけ」

「あ、教えたらダメとかそういう感じ?」


 女の子は首をフルフルと横に振る。教えてもいいのかな?


「ちがう、土器づくりは面倒だから他の人は作りたがらない。あなたは珍しい」

「そうかな、上手に作れると自慢したくなるけどな」

「あなたはどうやって作ってるの?」


 僕は異世界賢者流の土器の作り方を説明した。


「......なんか色々とおかしいよ」


 僕の手元には魔法のマッドで作り出した粘土で形成した茶碗があり、女の子はそれを興味深々といった感じで色んな角度から覗きこんでいる。


「それでね、この土器をこうやって」


 僕は茶碗を地面に置いてファイアで焼いた。


「ひぇ?!」


 この子は反応が可愛いな、びっくりしてなんだか妙な満足感がある。


「これで完成なんだけど、ほらひびが入って割れてる」

「雑過ぎるよぉ......」

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