第28話 お肉が食べたいの3

 包丁の切れ味を確認したパンヤオはすぐに家に帰って行った。


 仕事してないんだからもっとゆっくりしていけばいいのに、そんなに家でダラダラしたいのか、まったく最近の若い者は......。


「マナブ、爺(じじい)みたいな顔してないでこっちを手伝え」

「あ、はい」


 僕は腕を組んでフンスっとパンヤオを見送るのを止め、ユイファの近くに寄り作業を覗き込んだ。

 ユイファは包丁を使って内蔵を綺麗に取り除いた後、首のまわりなどに切れ込みを入れていった。


「今から皮を剥ぐからしっかりと押さえておけ」


 ......トカゲを押さえておけって、ユイファが首のところの皮に手を添えてるから押さえる場所って頭しかないよな......。


「どうした? はやくしろ」

「へ、へい」


 トカゲの頭を両手で包み込むようにホールドする。

 強く握るとトカゲの皮がざらざらして痛い。


 僕がトカゲを保持したことを確認するとユイファはトカゲの皮を掴みメリメリと筋肉から引きはがしていく。


 トカゲの皮は一着のボディースーツの様に、形そのままで脱がされた。


 皮ってこんな風に剥げるんだ。勉強になります。


「いつもならこのまま焼く」

「いつもなら?」

「うむ、今日はコレがある」


 ユイファは石包丁を得意げに掲げる。相当気に入ったようで使いたくてしょうがないらしい。


 トカゲの関節に包丁を入れて部位ごとに切り分けていく。


 ......不思議な事に、トカゲの姿から枝肉を切り離していくと認識がトカゲからお肉という食材に変わった。

 さっきまでゲテモノか何かに見えていたのに美味しそうに食欲を掻き立てられるのだ。


「お肉だ。今から調理するって事は今日は夜もご飯を食べるの?」

「肉が手に入った時は食べる。夜食べて、明日の朝も昼も食べる。普通なら明日の狩りは休みにする。食べきれないなら他の人へまわす」

「それなら明日はゆっくり寝れるな」

「マナブは支払いがあるから川へ行け、父も水汲みは休めない」

「ですよねー」


 ユイファは枝肉の解体が終わったら、石槌を取り出して骨を叩いて砕きながら優しい声色で言った。


「私はな、マナブに思う事がある」

(なんかしたっけ?)


 ユイファは骨を手前に引き寄せては石槌を振り下ろし、バン! バキ! っと骨を砕いて土器の中に入れていく。

 その手は淀みなく、そして躊躇なく、骨を砕く。


「マナブが来てから数日だが、毎日ちゃんとした食事が食べられてる。いつも収穫前この時期は空腹を我慢して凌いでいた。マナブは簡単に魚を獲って来るが、それはすごい事だ」


 ユイファを僕に目線を向けた後に、お肉に向き直る。頬には飛び散った肉片がついている。その姿は艶美で肉食獣の様に猟奇的でもあり視線を外せない恐怖にも似た何かがあった。


「この肉もそうだ。今日はまさか本当に肉が手に入るとは思わなかった。あの縄の道具があったからだ。マナブが作るモノはすごい。家も、風呂も、槌も包丁も全部すごい」


 ユイファは石槌を振り下ろして骨を割る。バン! と大きな音が鳴って条件反射でビクッと体が震える。


 ユイファの振り下ろした一撃で骨が砕け、また肉片が散った。

 頬についた肉片を手で拭いながら僕にほほ笑みかけてる。


「マナブはすごいな。これのおかげで今までできなかった料理もできる」


 ......なんか衝撃的な光景過ぎてユイファの話をほとんど聞いていなかった。

 一応褒められてた気がするんだけど、気持ち的には笑顔で脅迫されてるんじゃないかと錯覚するほどに。


 ......え? されてないよね脅迫? 裏の意味を読み取れとか無理だからね。だって異世界初心者なんだもん。

 ユイファさんお願い。マナブ君には優しくしてください。早起きも頑張るから。


「肉は久しぶりだきっと父も喜ぶ。マナブも休んでおけ出来たら呼ぶ」

「わかったよ。なにか手伝う事があったら言って」

「うむ」


 去り際にもう一度遠くからユイファを見ると土器の中に肉と野菜を加え、水を注ぎ火にかける。

 今度は葉っぱを取り出し肉を包んで熱した石の上に置くなどの調理をテキパキとこなしていた。


 石槌に石包丁......ユイファの攻撃力を上げすぎた感が拭えない。


 ユイファを怒らせないように気をつけよう。明日ちゃんと早起きできるかな......。

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