第46話 カリカナスープ
無事に立ち上がったカリカナの母はキレイになった足を大事そうに撫でたあと、動きに問題がないか足踏みをしたり、実際にあるいてみたりして調子を確かめていた。
「もうお母さん、まだマナブと......」
我慢を切らして部屋に入ってきたカリカナがびっくりして固まった。
「お母さん立てるの? 足は?! 足のケガ!!」
カリカナは転びそうなほど慌てて近づいて地面に跪いて、母の足に縋りつく。
「治ってる! ケガないよ......お母さん」
「マナブが治してくれたの、夢みたいでしょう」
ばっと顔を上げ低い位置からカリカナが潤んだ瞳で僕を見上げてくる。
「ありがと、ありがと、ありがとぉマナブぅ」
言葉を繰り返すごとにカリカナの瞳から涙が溢れてこぼれ落ちる。
何度も何度も滴り落ちる涙を手で拭って、嗚咽を漏らして泣くカリカナを母はゆっくり腰を下ろして抱きしめた。
カリカナの母も感化されて感情があふれたのか唇を震わせて泣いていた。
きっと漠然と迫りくる避けられない死の予感に言葉にしないまでも怯えて暮らしていたのだろう。
母と子ふたりで心細かったことは想像に容易い。
ただ一人の子を残して死を覚悟する母親も、容態が回復しない母親を看護する娘も辛かったに違いない。
もしかしたら、このふたりの心を救えただけでも僕がこの世界に転生した意味があったのかもしれない。
―――そう思うと。自分の存在価値が認められたようで、少しだけ心が軽くなった気がした。
ふたりが落ち着くまで席を外そうと移動した矢先、カリカナが僕のズボンを掴んで引き止める。
「マナブ」
まるで僕がどこかに行ってしまうのが不安そうな顔。
「少し外で待ってるよ」
「ううん、大丈夫。ごめん。もう大丈夫だから。お母さんもご飯にしよ?」
「そうね」
カリカナは僕をここに留めて、外へ駆け出していく。
「もう自立してもいい歳なんだけど、他の人と付き合うのが下手でずっとふたりで過ごしてきたものだから子供っぽいところが多くて」
カリカナの年齢は20才で大人だ。日本でも18才で成人となる。
でも僕もあと1年したら大人だよと言われてもその実感はないだろうと思う。
じゃぁカリカナと同じ歳、あと3年したら大人の自覚ができるかと問われても微妙なところだ。
カリカナの父親がいつからいないのかわからないが、最近でないのならずっと食うに困る生活を続けていたんじゃないかと思う。
カリカナもこの母もそうだが、随分と痩せている。
それに年下と思ってしまうような外見は童顔もあるが発育の悪さが原因とも言えなくない。
「口に合うといいけど......」
カリカナは木の器にスープを注いでそれぞれの前に提供した。
他に料理はなく1品だけだがスープの中には芋っぽいものが入っているので食べ応えはありそうだ。
魚のスープに芋っていう組み合わせは初めてだから食べる前から味の想像はできない。
この村にはお箸もスプーンもないので料理は全て手で食べる。
そのため食事の前は手洗いもするのだが、フィンガーボールというのだろうか、軽く手洗いするための水も用意されている。
どうやら二人は先に口をつける様子はないので、客である僕が先に食べる流れなのだろう。
「いただきます」
木の器を持ち上げて、少し赤い油膜が張ったスープを啜る。
魚の出汁にニンニクと唐辛子を合わせたような刺激のあるスープに、ハーブっぽい酸味が加わった味わい。
日本では酸味のあるスープは作られないので、馴染みの無い味だけど不思議と悪くない。
舌で転がして飲み込むとまた次が欲しくなるような刺激。口にするごとに舌が順応して美味しさが増していく。
「......おいしい」
「ほんと? やったお母さん美味しいって」
「よかったね」
僕が食べ始めた事でカリカナと母もスープを一口飲みホッと和む。
胃がびっくりしないようにスープが体に馴染むの待つかのように二人の食べるスピードはとてもゆっくとしている。
熱いスープをゆっくり冷ましながら飲んでいくと、段々と具材が顔を出してきた。
手で摘まめそうな具材が出てきたら摘まみ出して食べる。
日本料理はお米を主食としているので、お米を食べる為の、ご飯に合うおかずが料理となることが多い。
そのため、お米とおかずを交互に食べ、口中調味(こうちゅうちょうみ)をして味わうのが基本だ。
口の中で様々な具材を噛み混ぜ合わせる事で更に旨味を感じるようにできている。
しかし、ここの料理では口中調味をすると違和感を感じる。
スープは1つの料理なのに関わらず、中の具材はそれぞれが独立していると言えばいいのだろうか?
スープの中に芋や魚、その他の野菜が入っているが、まとめて食べるより、具材はひとつずつ単独で食べた方が美味しいと感じる。
このスープは芋にも魚にも良く合っているのに、芋と魚の組み合わせだとちょっと苦手な食感と味になる。
ふたりを見ても、ひとつ、ひとつの具材を味わってから次に具材を口に運んでいる。食べ方としてはこれで合っているのだろう。
ふたりが食べる順番を真似して食べ進める。スープを飲みながら、中に具材を適度に摘まみ食べ進める。
その間魚には一切手を付けないと思っていたら、先にすべての具材とスープを飲み干してしまった。
魚だけが残ったら木の器を床に置き、魚を両手でほぐしながら食べていく。
最後は魚の骨だけが残った。
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