第32話「通院で現状報告を」

 夏休みになった。

 学校に行かなくていいというのは、今の私にはありがたかった。また心と身体が下降気味というか、あまり調子がよくないのだなと感じていたからだ。


 学校に行かなければ、嫌なことを言われなくて済む。もうやめてしまおうかと考えることもあったが、涼子と凌駕くんがいてくれるから、もう少し頑張ってみたい気持ちもあった。


 今日は水曜日なので通院の日だ。お母さんに送ってもらうことにした。今日は私服だ。薄いブラウンの半袖のブラウスと、ネイビーのギャザースカートに身を包んだ。診察が終わったらお母さんがデートしようと言っていたので、ちょっと大人っぽくしてみたつもりだ。


 車で走ること三十分くらい。病院に着いた。いつものように受付で診察券を出すと、「前に三名お待ちになっております。しばらく待合室でお待ちください」と言われた。私とお母さんはソファーに座る。今日も病院は落ち着いた雰囲気だった。


「小春、ここのところちょっときつい?」

「う、うん、きつい時が多いかもしれない……」

「そっか、大丈夫よ、ゆっくり先生と話しておいで」


 お母さんがニコッと笑顔を見せた。

 しばらく待っていると、奥から大山さんがパタパタとやって来た。


「小春ちゃん、おはようー」

「あ、おはようございます……今日もよろしくお願いします」

「こちらこそー。ここ最近は体調どうかな?」

「う、うーん、ちょっと気分の上下が激しいみたいです……今は下降して停滞しているというか……」

「なるほど、心の波がちょっと下の方に来ているのかもね。あ、今夏休みかな?」

「あ、はい、夏休みで……」

「そっか、じゃあしばらくゆっくりできそうだね、無理しないようにしてね」


 大山さんも笑顔を見せた。

 それからしばらく待っていると、「小春ちゃん、診察室に入ってね」と言われた。私は診察室の扉をノックして、中に入る。


「おはようございます、小春さん。さぁ座ってください」

「おはようございます、失礼します……」

「すみません、今日は少し待たせてしまいましたね、症状が重い方がいらっしゃって」

「あ、いえ、大丈夫です……」

「さて、大山から少し聞きましたが、小春さんもきつい日が多かったみたいですね」

「はい、学校でも保健室に行ったりして……幸い夏休みに入ったので、しばらくはゆっくりできるかなと……」

「そうですね、夏休みなら学校に行かなくていいですからね。ただ、夏休みが終わって、また学校に行くとなった時が注意です。心と身体が重くなって、行けなくなる人も多くいます。いつも言っているように無理はしてはいけませんが、そこも気をつけておいてください」


 そうか、夏休み明けがきついかもしれない……か。たしかに長い休みの後は、ちょっと億劫になりがちだ。覚えておこうと思った。


「は、はい……あ、学校で、担任の先生にいじめのことを話すことができました……」


 私がそう言うと、橘先生は手を止めた。


「そうでしたか、それはまた一歩前進しましたね。担任の先生は何か言っていましたか?」

「あ、気づいてあげられなくて申し訳ないと、先生が動くから無理はしないでほしいと……」

「そうですね、担任の先生に話せたのは、大きなことだと思います。しかし小春さんもきつい思いをしたでしょう。話すことも気力と体力を消耗します。今はゆっくりと休むことを優先した方がよさそうですね」

「は、はい……」


 たしかに話すのは緊張もあったし、見えないところで心と身体が疲れているのかもしれない。今は橘先生の言う通り、休むことを第一に考えておいた方がよさそうだ。


「学校のことは先生方が動いてくださって、状況は変わるでしょう。しかし小春さんの心の状態はまだそのままかもしれません。それでも慌てないでくださいね。自分を責めることもしなくていい。一つずつ、できた自分をほめていきましょう」

「は、はい……分かりました」


 橘先生が手を出してきたので、私はそっと手を握った。


「……少しあたたかいですね。大丈夫です、きつい時はきついと受け入れて、無理をしなければ、また調子も上がってきます。前回出した頓服は飲みましたか?」

「あ、はい、きつい時に飲みました……その後ゆっくりしたので、その時はだいぶ落ち着いたような……でもまだ半分くらい残っています」

「それはよかったです。その調子で、きつい時に飲んでください。残っているなら、今日は前回の半分だけ出しておきましょう。その他のお薬はそのままで。夜は眠れていますか?」

「はい、寝つきもよくなって、夜中に起きることもないです……」

「よかった、お薬が効いているようですね、このまま睡眠薬も使っていきましょう。何度も言いますが、今はゆっくりと休んで、動ける時にやりたいことをやるくらいの気持ちでいきましょう」

「は、はい……分かりました」


 橘先生と次回の予約を話した。また二週間後、ここに来ることになる。

 夏休みだし、ゆっくりと休むことにしようと思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る